岡山城 [4/4] 下段を歩いて見る中段石垣は多種多様!

岡山城 訪問記 − 其ノ四(全四回)。
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[概要]
中段の櫓跡をぐるっと見て、南の鉄門跡から下段へ。上段を形成している丸い石を用いた緩やかな野面積みの高石垣を見る。このまま下段を見て回り、最後に北から再度 後楽園へ入ろう。


<訪問記>

okayama-8856大手門跡。ここは内濠にかかる目安橋(内下馬橋)で、周囲は内濠が残る。

okayama-8858さすがは大手門、鏡石とも言われる巨石がたくさん石垣に埋め込まれている。積み方からして築城当時の宇喜多期に埋め込まれたものか。説明板によるとこれら巨石は近くの「犬島」という離島(昔から知られる花崗岩の産地だとか)から運ばれてきたものとのことだ。

okayama-8860内濠の様子。ハクチョウさんがお住まい。お城に白鳥は、よく似合う(黒鳥も似合う)。

okayama-8864内下馬門跡の石垣。説明板によると、これらの巨石は実は板状になっていて、厚さはないとのこと。発掘調査の結果、関ヶ原後に池田氏が築いたことがわかったそうだ。

okayama-8865大手門跡から北へ下段を進む。右手側には表書院(中段)の石垣が続くが、途中 凹んだ部分に一風変わった感じの石垣があった。手前に切込み接ぎの低い石垣もあるので、この角度からだと野面・打込み・切込みの3種類の石垣が一気に見られる場所だ。

okayama-8866変わった石垣の前に立つ看板。中の段南西の石垣、とある。古い石垣のようにも見えるが、中段は今まで見てきたとおり江戸時代にかなり拡張されており、この面も池田氏の頃に改築された石垣とのこと。左側にかぶさっている石垣は切石なので、この面はその中でも古い(切石以前の)ものだろう。平成11年に解体修理を行ったようなので、それもあって周囲と少し雰囲気が異なるのかもしれない。

okayama-8868更に北に進み、切石を積み上げた切込み接ぎ石垣を見ながら月見櫓(現存)の方へ進む。

okayama-8869中段の数寄方櫓跡があったあたりの下。この辺りの石垣は拡張最終段階で積上げられたものと考えられるため、キレイに整形された切石を積み上げた切込み接ぎだ。特に隅石の切り揃えっぷりが半端ない。また石垣の反り(上に行くほど角度が急になる)も確認できる。

okayama-8869a-8874中段最西端にある月見櫓とその下の石垣。格子窓の下には石落としらしいスペースが見える。また先ほど内側(中段)から見た時は3層構造だったが、外側から見ると2層に見える。

okayama-8870下段に立つ月見櫓 説明板。

okayama-8871月見櫓下の石垣に関する説明板もあった。

okayama-8877月見櫓を見ながら中段の石垣沿いに東へ進む。

okayama-8882再度 搦手口である廊下門前まで戻ってきた。岡山城の歴史を今に(伝えよう)という説明板を読む。現天守や廊下門、不明門などは昭和41年のコンクリート製だが、昭和62年に烏城公園が史跡指定されたことに伴い、平成4年から発掘調査・コンクリート建物の撤去(!)、石垣の解体修理工事などが行われているとのこと。中段が終わったら上段の整備に入るようで、本丸御殿の位置表示や発掘調査などが行われていくのだろう。岡山市民の税金で行っているので、市民に対する歴史遺産保存の必要性について訴えかけている説明板だ。こういう啓蒙活動は素晴らしい。

okayama-8882a-8880再度、搦手門付近から天守の北側を見る。石垣が五角形をしているので、上の天守も下層が五角形の形をしているのが珍しい。上層は四角だ。

okayama-8885少し角度を変えて。枯れ木が立っていて見づらいが、葉が生い茂るとますます見えにくくなるだろう。

okayama-8887少し天守に寄ってみる。やはり背の高い樹木が邪魔をして折角の五角形天守が見辛い。前には歴代城主の家紋が入った石碑が立っていた。「岡山開府四百年記念 開祖宇喜多氏顕彰之碑」と書いてある。

okayama-8889後楽園に向かう橋の手前あたりから天守を見る。手前の石碑は、昭和9年の洪水の記録で、未曾有の大洪水で内濠北岸が決壊し市内がえらいことになったとか。大工事の末 いまの旭川の堤防を構築、とある。災害の記録を後の世に伝えようとする姿勢。

okayama-8891その旭川にかかる橋から見る大天守。三段構成になっている石垣が、先ほど石碑にあった大堤防、か。

okayama-8892もう少し橋の奥のほうから天守を見る。

okayama-8897おまけ:後楽園。園内最大の池・沢の池。

岡山城。鉄筋コンクリートとはいえ、大阪城と同じく中の展示も力が入っており、非常に多くのお客さんで賑わっていた。今の時代に6層の大天守を木造復元するにはコストが掛かり過ぎるので、天守台だけを残すのではなく、とりあえず鉄筋コンクリートででもいいから外観復元するのも大いにアリと思った。これから行うという上段の発掘調査や整備が進んだら、また訪れたい。

訪問時期:2014年3月
撮影機器:SONY NEX-C3
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岡山城 [4/4] 下段を歩いて見る中段石垣は多種多様!” への2件のフィードバック

  1. 岡山城は現存天守でないだけに、出かけるのには躊躇する城ですが、なかなか見どころが多いようですね。私も時間を作って行ってみたくなりました。

  2. 徳田さん コメントありがとうございます。
    私も実際行ってみるまで、後楽園と再建天守以外に何があるのか全く知りませんでした。内濠内部の本丸(の石垣)がまるまる残っていることで、色々見所があって新たな発見でした。アクセスもいいので、何かの機会で岡山を訪れる機会があれば、散歩がてらぜひどうぞ!

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