岡山城 [2/4] 大天守5階の窓から金鯱が間近に見える!

岡山城 訪問記 − 其ノ二(全四回)。
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[概要]
後楽園を通り抜けて月見橋を渡り、搦手門にあたる廊下門から本丸中段へ。中段の散策は後ほどにするとして、まずは不明門から上段へ。大天守を正面や斜めから見て、いよいよ大天守内へ。


<訪問記>

大天守の中へ。ケース展示物の類は文化財ということもあり撮影禁止、それ以外の設備等は撮影OKとのこと。記念撮影スポットが結構あった。幾つかのスポットと眺望をご紹介。

okayama-8768岡山城 天守閣! の前に座って撮影できる。ちなみに「天守閣」という言葉は江戸時代(の古文書)には無く、岐阜城の天守再建の際に初めて「天守閣」という言葉を作り、その後 大阪城天守閣を再建したところ非常に人気施設となったため、天守閣という言葉が一般的になったとか。

okayama-8771城主の間。実際の岡山城天守内にあった珍しい城主居住用の部屋を、図面どおりに再現したとのこと。今は何とここに座って殿様・姫様コスプレをして写真撮影まで出来る。

okayama-8773さまざまな石垣 パネル。宇喜多時代の野面積み石垣が結構あるようだ。

okayama-8775 5階の窓から見た、2層目の千鳥破風の上に乗った金鯱越しに上段を見るの図。

okayama-8777同じく5階の窓から見た、反対側の旭川の様子。当日はカヌー大会をやっていたようで、色とりどりのカヌーがピコピコ動いていた。上の写真と見比べると、どちらの鯱も同じ造形のようだ。

okayama-8778a-8838大天守を降りて、上段内を散策。上段内は再建天守の他、3つの櫓跡と、2つの再建城門がある。他に、戦災で奪われた旧大天守の礎石をあったとおりに配置した大天守礎石跡、がある。コンクリート造で再建したため礎石が要らなくなったため、ここで展示しているようだ。広島城や姫路城などでも見られる、旧天守の礎石列。

okayama-8779a-8833上段 再建門の1つ、六十一雁木上門。この変わった名前は、説明板にもよると、門の先に階段が61段あったことに因むとか。なんだそりゃ。

okayama-8790上段から中段へ降りる。最初に入ってきた不明門ではなく、もう1つの降り口、天守・塩蔵横の石段から中段へ降りてみる。

okayama-8791石垣が迫ってきていて非常に圧迫感のある道になっている。土塀も再現されて往時の雰囲気が出ている気がする(往時の雰囲気は知らないが)。

okayama-8793石段を降りた先から大天守・塩蔵を見上げてみる。南側の櫓門が不明門状態だったので、普段はここの道を通って上段へあがっていたようだ。今は中段の一番北側にある道という感じだが、往時は中段に大きな表御門が建っていたため、南の大手口から来た客や敵兵は、どこから天守のある上段へ上がるのかすぐには分からなかっただろう。

okayama-8794中段 表御門へ向かう道。石垣はかなり丸い石をそのまま積上げている野面積みだ。石材が丸いからか、緩やかなカーブを描いているからか、あまり無骨な印象を与えない。

okayama-8794a-8749中段には、中段地面の下に埋まっていた宇喜多秀家が築城した頃の石垣が出土しており、それを一部見られるよう現地展示している。これはすごい。さっそく見に降りてみよう。

okayama-8794b-8750まずは上から覗き込む。一部だけとはいえ、上にあげて積み直したのではなく、出てきたその場所そのままに残しているのは迫力がある。

okayama-8795下に降りて直に見てみる。野面積みだが、角がびしっと揃っている。

okayama-8796現地説明板1。元々 宇喜多時代に築かれていた石垣は、江戸時代になって城域が拡張されるに伴い、一部を埋め立てて曲輪を拡張したようだ。そのため、中段を掘ると拡張する前の中段の端だった石垣が出てきた、ということだろう。

okayama-8797現地説明板2。かなり鋭角に積まれた石垣というのは珍しいとのことだ。確かに余り見かけない気もする。

okayama-8799a-8752中段へ戻る。本丸内唯一の現存櫓、月見櫓を見てみよう。奥の櫓がそう。

okayama-8800月見櫓 説明板。1620年代に中段が拡張された際に建てられた櫓という。内側から見ると3層、外側から見ると2層に見えるとか。後で見比べてみよう。

okayama-8801a-8806月見櫓。内側から見ると、確かに3層に見えるが、左側の入口付近がそうであるように、土塀の外から見ると1層部分が見えず、全体で2層に見えるようだ。

okayama-8802少し角度を変えて。櫓ではなくその左右の土塀を見てみると、銃眼石(石狭間とも言う)と呼ばれる、当時最新式の銃座がある。土塀に穴を開けるのではなく、石垣と土塀の間に、鉄砲狭間よりも幅広く角度を取ることが出来る穴だ。パンフによると全国的にも珍しいものだとか。

okayama-8803更に角度を変えて。壁の途中から石垣がある不思議な構造だ。内側には唐破風もついていて、最上階には雨戸の内側に高欄があるなど、月見櫓の名前にふさわしい宴会用の櫓に見える。

>> 岡山城 [3/4] へ続く。<<

訪問時期:2014年3月
撮影機器:SONY NEX-C3
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