備中松山城 [中編] 本丸内は御門や平櫓が復元され往時の姿に

備中松山城 [前編] の続きです。ふいご峠Pから登城をスタート。登山道を登り、中太鼓丸櫓跡を越えて、天然岩盤を取り込んだ圧巻の大手門 石垣群へ。

<訪問記>

b_matsuyama-9195大手門を越えて、珍しい現存土塀へ。

b_matsuyama-9196…の前に、左側の石垣台の上は大手櫓跡。奥は二ノ平櫓跡、とある。古絵図を見ると、大手御門は櫓門だったようだ。

b_matsuyama-9197こちらが現存土塀。途中からが復元土塀になっていて、パンフによると壁の段差で現存部分と復元部分を区切っているとのこと。よく見ると途中から壁が奥に少し凹んでいるのが分かる(この写真だと手前から3つ目の狭間と4つ目の狭間の間)。明治維新から復旧が始まる昭和4年まで、破却はされなかったが荒れるに任せる放置状態で、ほとんどの建造物が朽ちて崩れる中、この土塀は長年の風雪に耐えた。

b_matsuyama-9198土塀の前あたりから本丸方面を見上げると、この石垣群。見えている土塀は厩曲輪の現存土塀。

b_matsuyama-9199三ノ丸横にある、三の平櫓跡。瓦片がたくさん散らばっている。先ほどの現存土塀が「三ノ平櫓東 土塀」と言われるのは、この櫓の東側の土塀だから。

b_matsuyama-9200三ノ丸。右手手前に足軽番所、奥に上番所が建っていた(現在は場所を示す石碑のみ)。

b_matsuyama-9201三ノ丸の出口(二ノ丸へ向かう石段横)には国指定重要文化財リストの看板が立っている。天守、二重櫓、土塀、とある。

b_matsuyama-9207二ノ丸へ上がるカーブを描いた石段の途中にトイレがあるが(左側に屋根が写っている)、その裏側の石垣が補強されている跡が残っていた。丸く積んでいたら、鳥取城の天球丸巻石垣 風になっていただろう。右側の一番高い石垣の上が二ノ丸。

b_matsuyama-9206トイレの向かい側にある奥に続く曲輪が「厩曲輪(うまやくるわ)」。その前には厩門が建っていたようだ。奥にはこちらも現存する土塀が見える。厩曲輪はその名のとおり、馬をつないでおく場所。つまり往時の登城者はここまでは馬で上がってきたということだ。

b_matsuyama-9208a-9302二ノ丸へ。古絵図を見ると周囲を土塀が囲っていたようだが、ここの土塀は残らない。奥に天守等のある本丸が見える。

b_matsuyama-9210二ノ丸入口に立つ 備中松山城 沿革と復古図 案内板。この復古図は往時の建物や土塀などが詳しく書き込まれていて非常に分かりやすい。この図をパンフに掲載して頂きたい(現場ごとに見ながら確認できるので)。

b_matsuyama-9212二ノ丸を進み、本丸を見上げる。奥の天守およびその奥(ここからは見えない)にある二重櫓以外はすべてその後の復元だ。本丸に往時存在したほとんどの門や土塀が史実に基づいた形状で復元されている力の入れよう。すばらしい。

b_matsuyama-9213では本丸へ。石段の先に見えている櫓が料金所になっている。100名城スタンプもここにあるので忘れずに押していこう。

b_matsuyama-9214復元された本丸南御門。とてもいい感じ! ちなみに右側は五ノ平櫓、左側は六ノ平櫓、こちらも両方とも復元。

b_matsuyama-9215a-9292南御門を越えて、いよいよ本丸内へ。二重二階の可愛らしいが存在感のある天守。

b_matsuyama-9216真正面から天守を見上げる。よく見ると山頂の岩盤の上に石垣が築かれていることが分かる。なお現在の備中松山城天守は美しい白壁を誇っているが、明治維新から昭和4年まで荒れ放題だったため、本丸一帯は木々が生い茂り、天守の壁は朽ち果て向こう側が見える状態で、かろうじて建物の状態を保っている(崩れ落ちていない)ような状況だった。衝撃的な古写真はGoogle画像検索をどうぞ。よくぞここまで復旧して頂きました。

b_matsuyama-9219本丸内には天守だけでなく、たくさんの櫓が周囲を囲むように建っていた。ここは門の西側に隣接する六ノ平櫓。中は復元工事に伴う資料館になっていた。そして入口には高梁銘茶「備中宇治茶」のサービスが。ありがたい。

b_matsuyama-9221六ノ平櫓内。コンクリートで安易に外観復元とせず、ゴリゴリ削った太い梁が上下左右に組み合わせられた昔ながらの工法による木造復元。ビデオ上映のほか、発掘で出てきた瓦や、復元した瓦などが比較展示されていた。

b_matsuyama-9225本丸南御門と五ノ平櫓、六ノ平櫓を内側から。門扉は、城門らしく乳金物(ちちかなもの。取っ手の部分)と八双(はっそう。∑みたいな形の金具)が付いてはいるが実にシンプルな印象。

b_matsuyama-9226天守東側にある「本丸東御門」。門は閉められていたが、ここを降りると二ノ丸の奥にある搦手門の前へ出る。横にある階段をあがってみる。

b_matsuyama-9228階段をあがると天守台の横に出た。細い通路を通って裏側へ行けるようだ。

b_matsuyama-9229天守と土塀の隙間を通って裏側へ。正面にある門は腕木御門で、ここを降りると後曲輪へ出られるが、門は閉まっている。

b_matsuyama-9231天守の真後ろにある、二重櫓。こちらも現存、重要文化財。立ち入りは出来ないようだ。

このまま天守台の廻りを一周して天守の前に戻って天守に登ろう、としたが、道はここまでだった。来た道を逆戻りして天守の前へ向かう。

>> 備中松山城 [後編] へ続く。<<

訪問時期:2014年3月
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