姫路城 [2014/5 本丸封鎖中] 2/5

姫路城 [2014/5 本丸封鎖中] 1/5himeji-1_cover の続きです。

内濠に架かる桜門橋を越えて三ノ丸へ。入城口を通り、黒漆と金箔をあしらった優雅な櫓門「菱の門」を越えて二ノ丸へ向かう。


2014/5 訪問。平成の大修理見学施設「天空の白鷺」の営業が1月に終わり、天守を覆っていた素屋根の解体が開始、ちょうど大天守最上階が現れた頃の城内訪問記。姫路城トップメニューへ戻る


<訪問記>

菱の門を越えると、順路としてはまずは左へ進み西ノ丸〜百間廊下からの観覧となるが、やはり見たいのは顔を出した天守ということで、右ルートの上山里曲輪へ向かう。

himeji-1629菱の門 右前にある正方形の「三国堀」。堀の内側の4面の石垣のうち北面つまり写真左側の石垣の中央部分に、隅石の斜めの列が2本見られる。元々ここには穴が開いていて堀が北側へ続いていたとのことだ。

himeji-1631三国堀を越えて東へ。堀の東側へ向かうには石垣が邪魔をしているが、一部石垣に穴が開けられ、埋門(うずみもん)が造られている。埋門へ行く前に、その右側の高石垣に、斜めに走る稜線が見られる。この右側は羽柴時代の築造、左側が池田輝政による増設によるもの、と言われている。この右側の石垣の上は上山里曲輪にあたるので、非常に古い曲輪だということだろう。

himeji-1634さて埋門を通って堀の東側へ向かおう。すごく巨大な石が天井を支えている。実は石段の真ん中の段に刻印があるのだが、写真ではちょっと分かりづらい。

himeji-1635埋門を出たところ。右側の壁に石棺と思われる転用石らしき四角い石が見られる。他にもよく探せば五輪塔なども埋門内で見られるとのこと(見逃した)。

himeji-1636埋門は「る の門」という名。姫路城では「いろはにほへと…の門」「イロハニホヘト…の櫓」という命名がなされている。門が平仮名で、櫓がカタカナ。分かりやすいようで、分かりづらいが、非常にたくさんあるのでこう名付けざるを得なかったのだろうか。ちなみに埋門ではなく穴門と説明されている。

himeji-1641るの門を越えると目の前に巨大な石垣と見事な反りが目に入る!これは本丸石垣。だが、すぐに本丸へ辿り着けるわけではない。

himeji-1642扇の勾配 の説明板が立っていた。姫路城ではこのように、池田輝政公の独特な家紋「揚羽蝶」の瓦の上に、文字を彫り込んだ銅板の説明板があちこちに設置されている。

himeji-1643扇の勾配 本丸高石垣をもう1枚。右側の石垣には巨石(鏡石)が埋め込まれている。

himeji-1637扇の勾配の正面は石垣の間を埋めるように櫓門が建てられている。これは「ぬ の門」。扉に鉄板が貼られた堅固な門扉。3階建のようにも見えるが中に入れないので確認できず。

himeji-1646ぬの門を越えて、上山里曲輪へ。まずは門を見返す。やっぱり三階建のようだが、一階は門。門の横には「リの渡櫓」「チの櫓」が続く。

himeji-1646a-1658上山里曲輪 全景。真ん中に播州皿屋敷 (「いちま〜い、にま〜い」) の怪談話で有名な「お菊井戸」があり、西側には先ほど見たチ・リの櫓とぬの門、東側には東曲輪へ向かう「りの門」がある。正面には大天守が見えるのだが、この角度からだとまだ余り天守が見えない。

himeji-1652お菊井戸。元々は「釣瓶取井戸(つるべとりいど)」という名前だったとか。

himeji-1653中を覗いてみる。なかなか大きな井戸で、周囲はがっちり石で固められている。

himeji-1654お菊井戸 説明板。播州皿屋敷は江戸時代の話かと(勝手に)思っていたが、なんと小寺氏時代の話だったようだ。姫路駅前 十二所通り沿いにある十二所神社に、於菊大明神として祀られているとのこと。

himeji-1656上山里曲輪東の「りの門」への道は封鎖されていた。これより先は立入禁止。残念。門に隣接する櫓は太鼓櫓。

himeji-1657a-1655お菊井戸あたりから本丸方面を見上げる。この角度だと石垣はよく見えるが、天守が見えない。

himeji-1658a-1671もっと下がると、樹木等で石垣は見えなくなるが、頭が見え始めた大天守はよく見える。

himeji-1669上山里曲輪の周囲は土塁が築かれている。土塁の先には「チの櫓」。チの櫓には入口が無く、その隣にあるリの渡櫓から入る。

himeji-1644リの渡櫓 前へ。いま櫓内では「官兵衛の歴史館」を開催中のようなので見ていこう。観覧無料。

himeji-1673リの渡櫓入口の軒瓦には、歴代藩主の瓦が勢揃い(たまたまだと思うが)。

himeji-1689端っこの「チの櫓」内は、入口から覗くことしか出来ないが、黒田官兵衛・長政と、黒田二十四騎の鎧(複製)が勢揃いしていた。圧巻。中に入って近くでじっくり見たかった。

himeji-1691「リの渡櫓」内にはいろいろと展示してあるが、おもしろかったのは中国大返しのコーナー。マンガ風に名場面が再現してある。これは備中高松城の陣で本能寺の報を聞いた際に、秀吉に明智討伐を進言する官兵衛の図。

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訪問時期:2014年5月
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