津山城 [後編] 本丸北部〜東部の石垣櫓群を見る

津山城 [中編2] の続きです。本丸北西の裏鉄門(搦手ルート)から帯曲輪を経て二ノ丸へ降りた。すぐ目の前には更に三ノ丸へ降りる巨大な石段もあったので、そこから下へ降りてみよう。

<訪問記>

tsuyama-8999 二ノ丸から帯曲輪、本丸を見上げる。右奥の大きな櫓台は「色付櫓」、奥の一番高いところは本丸の「長櫓」台。

tsuyama-9004石段を降りて、三ノ丸方面へ。この三ノ丸への搦手道の石段はなぜか赤土?が露出している。三ノ丸の外周にあたる石垣はさすがの高さを誇る。

tsuyama-9005 三ノ丸への搦手口にあたる裏下門跡下の石段。門自体は階段を上がったところの左側に建っていたようだ。左右の高石垣の上には櫓が建っていた。

tsuyama-9021 本丸へ戻ろう。二ノ丸から帯曲輪へあがる裏中門跡の石段。隅石もそれほど揃っておらず古い無骨な印象の石垣だ。

tsuyama-9023そして帯曲輪から本丸へあがる階段。階段中央の細くなる部分に裏切手門があった。

tsuyama-9024本丸へ戻り、本丸北側〜東側の櫓跡群を見ていこう。まずは長屋櫓跡。

tsuyama-9026長屋櫓跡に登って、本丸北側の石垣を見てみる。本丸北側には二ノ丸がなく、三ノ丸から直接本丸となる石垣なので、かなりの高さで築かれている。登れないとは思うが、万一登ろうとする不届き者がでた際に対応できるよう、横矢掛けのための石垣の折れ曲がりが造られている。

tsuyama-9028長屋櫓跡から北に進んで、北西端あたりから南西の天守台方面を見る。中央奥少し左の一番高い部分が天守台。左端に見える一番手前の高い部分が先ほどの長屋櫓跡だが、石垣に反りがなく直線的に積まれている。

tsuyama-9032櫓台を降りて、本丸東側へ。北東端にある粟積櫓跡(左側)と、その間の十一番門、月見櫓跡(右側)。右側の石垣は野面積みで古い石垣の印象。左側は比較的新しい打込ハギだ。

tsuyama-9032a-9037本丸北東端の櫓台、粟積櫓跡。粟(あわ)を積み上げていたのかとおもいきや、階段横に立てかけてある看板によると、この石垣の石材を近くの粟積山から持ってきたためこの名がついたとのこと。この櫓は俗に小天守と呼ばれていたとか。

tsuyama-9032b-9035石段の途中に桜の枝が張り出していたので、春らしい写真を一枚。桜と石垣はよく合う。

tsuyama-9033粟積櫓台から北側を見る。中央やや左側に見える左右にエレベータ棟のような高い塔が付いたビルは津山市役所。

tsuyama-9038粟積櫓跡の横の細い虎口奥から本丸を見返した図。右側の打込ハギの石垣は粟積櫓台。奥の野面積み石垣は月見櫓台。中央が膨らんできていて、ヤバイ感じ。

tsuyama-9039月見櫓跡と書かれた碑の周囲は、崩壊した石垣なのか何なのか、石が散乱していて立入禁止になっていた。

tsuyama-9042 太鼓櫓跡。時刻を報せる太鼓を毎日ここで鳴らしていたとのこと。今は太鼓の代わりに鐘堂が設置されている。

tsuyama-9050本丸から二ノ丸へ戻る途中、本丸の長大な石垣の向こうに備中櫓が見える図。石垣のふもとには桜並木。桜満開の時はキレイだっただろう(人が多すぎてゆっくり見れないだろうが)

tsuyama-9052桜並木を通って。

tsuyama-9063三ノ丸表門(冠木門)の右側の高石垣。周囲を土塀がぐるりと巻いていたようだ。

津山城跡は城下からもよく見える復元された備中櫓が有名だが、中にはいってみると、立派な天守台や本丸・二ノ丸の高石垣、複雑に入り組んだ虎口など、勇壮な石垣の迫力に圧倒される。石垣好きはぜひ訪れるべき城跡。現在 発掘調査や石垣の修復整備工事、建造物の復元などが進んでいるのでそちらも期待大。

訪問時期:2014年3月
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