犬山城 [前編] 雨に濡れた野面積みの石垣は生々しい

犬山城は1537年(天文6年)に織田信康(信長の叔父)が居城として築城した平山城で、天守が現存する。現在の天守は天正年間、慶長年間の建造という説もあり詳細は不明。城主はめまぐるしく変遷したが、江戸時代の1617年に成瀬氏が城主となると以降明治まで9代成瀬氏が続いた。明治維新で廃城となり天守以外の建造物は破壊された(一部の門は移築現存)。城は県の所有を経て旧城主成瀬氏が所有し修復や解体修理などが行われてきたが、2004年4月に財団法人に移管された。現存12天守、国宝4天守の1つ。

犬山城<基本データ>
●名称: 犬山城
●所在: 愛知県犬山市(マップ
●築城: 織田信康(信長の叔父)
●竣工: 1537年(天文6年)
●遺構: 現存天守、石垣、曲輪
●情報: 国宝犬山城犬山観光情報白帝文庫

<訪問記>

現存12天守 かつ 国宝4天守の1つ、犬山城。訪れたときはあいにくの雨。にも関わらず訪問者はそこそこ居る。さすがだ。なお2013年9月より行われていた老朽化に伴う天守の応急修理工事(望楼高欄、一部漆喰塗り直し等)は訪問時ちょうど完了したばかりのようで、足場などの無い天守そのものを眺めることが出来た。(工事の様子

inuyama-7733観光案内所の前の駐車場からスタート。国宝 犬山城 の石碑。奥に見える橋を渡って本丸を目指す。駐車場は三の丸にあたるようだ。

inuyama-7734橋を渡ると「中御門」跡へ。木札によると天守に向かう登城道(今通っている石畳の道)の最初の門とのこと。

inuyama-7735奥に見える坂道(石段)あたりからずっと登りになる。古絵図によると坂道のあたりから周囲に櫓などがあったようで、櫓台の石垣がたくさん見られるようだ。今の場所の右側は松の丸(現在は神社)、左側は空堀が残るとのこと。

inuyama-7736登城道の上から空堀跡を見下ろす。写真だとわかりづらいが、実際に見ると人工的に掘り下げられた高低差がよく分かり、おおっという感じ。

inuyama-7738石段を上がっていく。右へ左へ折れ曲がる坂道はいかにも城跡っぽい。

inuyama-7739折れ曲がりの場所には「黒門」が建っていたようだ。礎石も残る(1つだけ)。

inuyama-7740続いてまっすぐ延びる石段。左右には石垣の壁。右側の郭は古絵図では桐の丸となっているが現在は針綱神社(はりつなじんじゃ)の境内。後ほど参拝に訪れよう。

inuyama-7744坂道の突き当たりはまた大きな櫓台跡が残る。古絵図によると「小銃櫓」。いま建っている櫓風建物は全然関係ない茶屋とのこと。せめて櫓台と合うように建てればいいのに。説明によるとこの石垣は数年前に再建(再構築)したものとのこと。

inuyama-7745坂道を登り切ったところには登城道最後の門「岩坂門」だった。奥の小屋は料金所、天守のある本丸に入るには500円が必要。

inuyama-7747かなり高目の石垣が積んである。次の門を越えると本丸、天守丸見えなのでここが最後の砦らしい様子がよく感じられる。

inuyama-7749本丸への門である、鉄門(大手門)。二重の豪壮な櫓門だが、近年の再建。犬山城の天守以外の建造物(再建)に関する情報はパンフやホームページにほとんど載せていない。現存天守だけでなく、今に残る石垣や空堀、石段なども立派な観光資源だと思うのだが果たして。

inuyama-7750鉄門を越えて本丸へ入ると、天守が一望。なお本丸には天守以外に千貫櫓、弓矢櫓、大砲櫓などいくつかの櫓が建ち並び本丸をぐるっと囲っていたようだが、すべて破壊されて現存しない。

inuyama-7754天守正面より。二重の大きな櫓の上に、小さな望楼を乗せている。パンフによると三重四階+地下二階(石垣内部)の望楼型天守。右にちょっと飛び出ているのは付櫓。望楼型とは、その名の通り、下に大きな櫓を建て、その上に小さな望楼を載せる構造をした天守のこと。

inuyama-7755少し視点を上げて犬山城天守をもう一度。現存天守の貫禄。望楼の開け放たれた木戸の横にちらっと見えている花頭窓が可愛らしい。

inuyama-7759もっと近づいて見てみる。なお現存天守なので土足禁止、雨が降っているので欄干部分が濡れてしまっていることから、雨が降り込んでいる向きの高欄は立入禁止とのこと(風向きと反対側は濡れてないのでOKとのこと)。

inuyama-7760天守前にあった犬山城の歴史 説明板。説明文を読みたい方はクリックして拡大賜りたい。

inuyama-7763天守右横(東隣)に残る巨木の跡。木札によると「大杉様」と呼ばれる築城以前(樹齢650年)からの巨木で、落雷や風雨から長らく天守を守ってきたため御神木として崇められてきたが、1965年ついに枯れてしまったとのこと。往時は天守と同じぐらいの高さがあったという。

inuyama-7762再度、天守正面へ。先ほどの御神木 大杉様は、写真の右側(付櫓の外側)にある。

ではいよいよ天守内部へ。現存天守のため土足禁止、入口の屋根の下で靴を脱ぐ。傘も持ち込めないので鍵付き傘収納器へ。

inuyama-7766入城は石垣にあけられた大穴から地下2階構造の穴蔵を通って天守1Fへ上がる。400年ものあいだ天守を支え続ける石垣と超太い梁を間近に楽しめる。なお写真では明るく写っているが、実際はかなり薄暗い。

inuyama-7772天守1Fへ。木製の天守雛形。江戸期の修繕工事時の模型かと思ったがそうではないようだ。

inuyama-7773天守1Fの様子。手前の畳部屋は「上段の間」、奥の木戸の向こうは「武者かくしの間」。在城の際、城主はここで客人などと会っていたとのこと。客人は、武者隠しの扉の向こうからすごい殺気を感じながら城主と面会していたのだろうか…

>> 犬山城 [後編] へ続く。<<

訪問時期:2014年3月
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