岩村城 [後編] 本丸西側の高石垣もお見逃しなく。

岩村城 [中編2] の続きです。圧巻の六段壁から長局埋門を越えて本丸へ。本丸中央部は往時にも特に屋敷や天守等の建物は無く、ただの広場だったようだ。本丸の周囲は二重櫓、多門櫓、土塀で覆われていた。

<訪問記>

iwamura-7455本丸南東部(城跡碑の左側)には、昇龍の井戸 と書かれた櫓に収まった井戸があった。古絵図には描かれていない。名称の詳細等は不明。その脇に、本丸東側の東曲輪へ出る小さな門があった。

iwamura-7458東曲輪。六段壁の石段を上がったところにあたり、往時は周りが土塀・多門櫓等で囲まれていて本丸へ行くまでの枡形であったことから重要な防衛拠点だったようだが、現在は観光ルートから外れている(六段壁の石段をあがるとそのまますぐ右の長局埋門から本丸へ上がってしまうため)ことから、枯れ草だらけの空き地と化していた。左奥にポツンと立つ木札は「東曲輪址 本丸防衛のために重要な場所である」と書いてあった。

iwamura-7461東曲輪から本丸の石垣および埋門を見る。

iwamura-7464本丸の南側へ向かう。往時は六段壁の横の二重櫓台脇の小道からぐるっと回り込むルートだったが、現在は土塀もないため東曲輪から斜めにショートカットで到達できるようだ。写真は本丸のちょうど南側あたり。右側の高い斜面は本丸。石垣は一番上にのみ築かれていた。本丸の周囲をぐるっと囲むようにある細長い通路は帯曲輪。

iwamura-7465しばらく進むと出丸があるのだが、その手前に看板があった。南曲輪。本丸の南の尾根に沿って小さな曲輪が築かれていたようだ。

iwamura-7466南曲輪。他は江戸時代の遺構だが、ここはほぼ戦国時代の遺構とのことで、確かにここだけTHE山城と言う感じだ。

iwamura-7467南曲輪を過ぎてしばらく進むと、右側(本丸側)に石垣の壁が現れる。その奥は出丸だ。

iwamura-7468出丸。駐車場として使われているようで、地面は現代的にならされていた。往時は本丸南西防衛の拠点ということで他の曲輪と同じく周囲は土塀および櫓等で防衛されていた。左側に再建された2階建ての建物は休憩所 兼トイレだった。

iwamura-7471出丸 説明板。本丸と反対側の端に二重櫓2基とそれらを繋ぐ多聞櫓が築かれていた。せっかく図面が残っているのだから、休憩所を造るなら見た目だけでもこの通り作ればよかったのに。

iwamura-7471a-7498出丸は結構広く、出丸に居ると全体像がつかみにくいので、本丸から見下ろした出丸 全体像を1枚。帯曲輪とは土橋で繋がっており、周囲は切岸(削って急斜面にしたもの)のようだ。

iwamura-7474出丸から帯曲輪へ戻る。帯曲輪の周囲は南側は土のままだったが、出丸のある西側は石垣でぐるりと巻いてあった。このまままっすぐ石垣に沿って進むと、二ノ丸と本丸の間の細い通路へつながる。

iwamura-7476帯曲輪はこのあたりで終了し、途中から本丸と同じ高さへ上がるべく石段になる。右側の石垣はかなりの高さがある。

iwamura-7479高石垣を見返す。幅数十mに渡って、高さ5mほどの石垣が2段積上げられているが、奥の方(写真で言う手前)になると下の段がなくなり、一気に積上げられた文字通り「高石垣」になる。

iwamura-7480高石垣を見上げる。ドーン!! 上の方がかなり反り返っているのが分かる。見上げすぎて切岸に落ちないように。

iwamura-7484本丸と二ノ丸を繋ぐ埋門跡。すごい迫力。今見えている石垣全体の上にかぶさるように大きな櫓が乗せられていたという。また門柱を載せていた礎石とそのホゾ穴もハッキリ残っていた。

iwamura-7485埋門跡 説明板。この埋門のクランクの中に3つも門扉が設けられていたという!

iwamura-7491埋門の奥にはもう1重の石垣があり、その上が本丸になる。その入口はかなり狭いものだった。先ほどの古絵図で言う、二重櫓の裏あたりに描かれている小道か。

iwamura-7506埋門の向かい側には二ノ丸が広がるのだが、二ノ丸は未整備でこのとおり植林がそのまま残る状態。私有地とのことで立入禁止だった。木札には「二ノ丸址 米蔵・武器蔵・番所 建物が多い」「弁財天社址 水をたたえた堀の中央に社があった」とある。

iwamura-7507古絵図によると二ノ丸には正門として大きな櫓門があったのだが、整備されていない二ノ丸のため櫓門跡もこの通りただの林。残念。

iwamura-7509二ノ丸櫓門跡を越えて、六段壁付近まで戻る。このあたりの本丸の石垣は野面積みで、築城当時のものが残っているようだ。

iwamura-7520六段壁を超広角レンズで撮影。六段壁の向かい側の道は狭く、あまり後ろに下がれないのでこの角度で全体像を捉えようとするとこうなる。間近で見上げる六段壁の迫力を感じてもらえれば。

誰が言い出したか日本三大山城の1つと言われる岩村城跡。確かに奈良の高取城跡の立派な石垣群にも負けず劣らず素晴らしいものだった。整備が行き届いているのもあるだろう。私有地とのことだが、ぜひ手付かずの二ノ丸も整備を進めてもらいたい。岐阜県の東のほうにあり、なかなか行きづらい場所にあるが、ぜひ機会を作って違う季節(新緑など)再訪したいと強く思わせる立派な城跡でした。

訪問時期:2014年3月
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岩村城 [後編] 本丸西側の高石垣もお見逃しなく。” への2件のフィードバック

  1. すごい!岐阜の山城行きたいと思いよったがやけんど、ほんま行きとうなる構成ですね(^ ^)
    家族も城好きになりゆうけど、天守閣有りき。
    1人満喫しに行きます。

    1. コメントありがとうございます。岐阜(美濃)はお城の宝庫です。天守ありきなら(模擬ですが)郡上八幡城もオススメです。建物は無くとも迫力が伝わる岩村城・苗木城もセットでぜひオススメです。

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