小田原城 [前編] 再建ばかりだが復元銅門は見応えあり

小田原城は15世紀中頃に大森氏が八幡山に建てた中世山城が元とされ、15世紀末に北条早雲が進出すると以後約100年5代に渡り北条氏が城主を務めた。当時は八幡山が詰城、現在の城域は居館だったという。城は上杉氏や武田氏の侵攻に備える形で拡張され16世紀末には総延長9kmにも及ぶ総構(そうがまえ)が完成。しかし秀吉による小田原攻めで降伏し無血開城した。その後、家康の腹心 大久保忠世が入城、途中数十年の中断を除き明治までほぼ大久保氏が治めた。現在の縄張りは17世紀中頃に城主だった稲葉氏が居館部を近代城郭に改修したもの。しかし明治以後ほとんどの建物は破却され、遺構は惣構土塁や門跡など極一部が残るのみ。

小田原城跡<基本データ>
●名称: 小田原城
●所在: 神奈川県小田原市(マップ
●築城: 大森頼春 / 北条氏康 / 稲葉正則
●竣工: 15世紀 / 1566年頃 / 1675年
●遺構: 曲輪、石垣、土塁、堀
●情報: 小田原市HP


<訪問記>

小田原城跡はJR小田原駅すぐにある。天守のあった主郭周辺が小田原城址公園となって整備されている。今回はバスで行ったため城址公園南端のバス駐車場からスタート。ちなみに小田原駅前には北条早雲公の銅像がある。

odawara_s-01駐車場横の小田原城 案内図。水堀を渡り、御茶壺曲輪〜馬屋曲輪〜銅門〜常盤木御門〜本丸〜天守 というようなルートで登城する。その後 時間があれば町内の遺構散策へ。

odawara_s-02御茶壷曲輪へ渡る小峰橋から見た堀と石垣。

odawara_s-03橋を渡ると、立派な御茶壷曲輪(おちゃつぼ くるわ)の石碑が立っていた。説明パネルは変色気味。江戸時代、宇治から将軍へ茶を献上する際、茶を運ぶ行列「御茶壷道中」がここを通り、この曲輪内に茶壺を保存する蔵があったことから、御茶壺曲輪と呼ばれたという。

odawara_s-04御茶壷曲輪への入口には、道と曲輪を仕切るための土塁が残っている。土塁の下には石積みのような石も幾つか見られる。往時は石垣だったのだろうか。

odawara_s-05御茶壷曲輪 内部。蔵など建物が幾つか建っていたようだが礎石等は無し。

odawara_s-06入口だけでなく、周囲にもこのとおり土塁の壁が残っている。

odawara_s-07御茶壷曲輪から内側の堀を見ると、向こう側に立派な門と橋が見える。銅門(あかがねもん)。奥の橋を渡って門をくぐって城内へ入るので、詳細説明は後ほど。門を見ながら奥の曲輪へ。

odawara_s-07as御茶壷曲輪と奥の馬屋曲輪との間は堀で区切られている。土橋を渡って馬屋曲輪へ。

odawara_s-08sこちらが馬屋曲輪。御茶壷曲輪は芝生だったが、こちらは砂利が敷いてある。奥に見える土塀と小さな高麗門がある場所は馬出門(うまだしもん)。土塀に囲まれた枡形虎口になっていて、そのまま堀を越えて向こう側へ出ることができる。平成21年復元という結構最近出来たもの。

odawara_s-09別角度から銅門を見る。門 本体だけでなく、その手前の枡形や土塀、橋まできっちりワンセットで復元しており、かなり立派だ。

odawara_s-10銅門 説明板。明治5年に破却される直前に撮られた古写真を見ると結構ボロボロだ。維持費を考えると破却されてもやむ無し、か。平成9年に、発掘調査や古写真、絵図を参考に当時の姿のまま復元。

odawara_s-11もう1つ 銅門に関する説明板がある。こちらは銅門と住吉堀の発掘調査に関するもので、やはりこの眼の前の堀も復元されたものとある。堀や土塀の土台となっている石垣も復元だろう。堀の底を掘ると、戦国時代の障子堀(北条流)が出てきたという。江戸時代の石垣の下に残る障子堀。レアな組み合わせだ。せっかくの障子堀遺構、一部だけでも見られるようにしてくれればよかった。

odawara_s-12こちらが銅門へ渡るための住吉橋。門は内仕切門と呼ばれ、高い土塀の下に軒がある何だか変わった構造だ。

odawara_s-13枡形の中へ。石垣の壁で道が形作られ、逆L字型の形になっている。堀側の土塀には鉄砲狭間が設けられ、石垣の上にも上がれるようになっている。復元だが、広い枡形で周囲もきっちり土塀で囲まれており、お城の中に来たぞという感じがして見応えあり。

odawara_s-14櫓門へ。門扉に細長い銅板が貼り付けられていることから銅門と呼ばれる。銅は鉄より柔らかいので弱そうなイメージもあるが、銅板は強度というよりも木の扉が火矢などで簡単に燃え落ちないようにするためのものだとか(ガイド氏談)。当時の工法を用いて平成9年に復元。梁は松、柱はヒノキとのこと。

odawara_s-15s銅門を内側から。櫓部分は裏側の石段から登るような仕組みになっていた。残念ながら立入禁止。櫓門の上から枡形を見下ろしたかった。かなり壮観だと思う。

odawara_s-16銅門を越えて二ノ丸へ。特に何もないが、途中 伝銅門礎石 という石が2つ置いてあった。石の側面(向かって右側)が斜めに削られているのは、門戸横の斜めの石垣に沿ってピッタリ設置するため。すごい。上に開いている穴に、木柱のホゾを入れて固定する。伝 となっているのは、恐らく門破却の流れで全然違うところに移されていたからだろうか。銅門とは違う門の礎石である可能性もあるということだろう。

odawara_s-17s二ノ丸から本丸へは、この坂道を上がり右に曲がったところにある常盤木門を越える。手前の橋は内堀を渡る橋だが、内堀は完全に埋められているため、ただの橋になっている。

odawara_s-18s橋の上から下を見てみる。堀があった場所は今は土が敷いてある。春に来ると花がいっぱい咲いているのだろう。整備の仕方が城跡というより公園な方向性。

odawara_s-19反対側。本丸の土塁(右側。結構高い)を囲むようにぐるっと内堀を巡らせているのが分かる。

odawara_s-20本丸東堀跡 説明板。図の青い部分が水堀…かと思いきや、青は土塁で、堀は「堀」と書いてある黄色い部分(色あせてしまって分からないが)のようだ。発掘調査で実際の本丸堀の場所が特定され、植樹と盛土で堀の形を表現したとか。どうせならまた水堀にすればいいのに。

odawara_s-21橋を渡る前に、橋の前に設置された看板を見る。1590年 北条vs秀吉の小田原合戦 陣配置図だ。高さ3mぐらいある巨大な看板だ。海も陸もすべて封鎖されていることが分かる。極めつけが左下(南西)にある石垣山城。木で隠しながら築城し、完成後に一気に木を切って姿を見せ、いきなりすぐ南西に総石垣の山城が現れて北条方を大いにビビらせたという”一夜城”の伝説がある。実はこの小田原合戦、戦闘は無く、3ヶ月に及ぶ包囲の間に小田原城以外の北条方支城がほとんど落城し、孤立した小田原城は城主降伏により無血開城したという結末だった。城主の父親や重臣など主だったところは切腹されたものの、城主の北条氏直は助命され (正室が家康の娘だったため)、高野山へ。その後 子孫が狭山藩(現在の大阪狭山市)で11000石の大名となり明治まで続いた。

odawara_s-22s橋を渡って階段をあがり、常盤木門(ときわぎもん) へ。本丸正面のメインゲートで、多聞櫓と接続している。この門も明治に破却されたが、市政30年記念で昭和46年に復興された(復元ではない)。

odawara_s-23常盤木門 説明碑。明治時代初期に撮影されていた写真を参考に再建したものとのこと。常盤木とは常緑樹のことで、門の傍らには往時から松が植えられ、松のように永く不変に小田原城が続くよう、常盤木門と名付けられたといわれているとか。

いよいよ常盤木門を越えて、本丸へ。

>> 小田原城 [後編] へ続く。<<


訪問時期:2014年2月
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小田原城 [前編] 再建ばかりだが復元銅門は見応えあり” への2件のフィードバック

  1. ブログのほうにコメントありがとうございました!
    小田原城は10年以上前に行ったきりなのですが、天守から見える海がとてもきれいだったことを覚えています。いろいろと再建されているということなので、行ってみたいのだけど、写真を拝見して、再建された門とかよりも、土塁が残っているのがすごい!と思いました。
    やっぱ、関東の城は土塁がいいですよね~。

    1. ゆーかさん こちらにもお越し下さりありがとうございます。
      小田原城は、ブログには写真が無いんですが(時間の都合で訪問できず)、城跡の北側に残る惣構えの跡の土塁や堀切が凄いらしいです。またぜひ行かないと、と思っています。東京出張の帰りにでも小田原で降りて…。また機会があったらぜひ行ってみてくださいね〜

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