山中城 [1/4] 後北条氏 渾身の山城は空堀のデパート!

静岡と神奈川の県境近く、芦ノ湖の少し南あたりの山中に残る山中城跡は、障子堀(しょうじぼり)と呼ばれる障子の桟(さん)のような縦横のあぜ道を持つ横堀で有名な山城。後北条氏の西の防衛拠点として戦国時代に築城され、対立した秀吉の小田原攻めに備えて堀や曲輪の整備増強が図られるも、未完成のまま4万の大軍に攻撃され僅か半日(2時間という話も)で落城。そのまま廃城となった。三島市による発掘調査および復元工事が大規模に行われている。

山中城<基本データ>
●名称: 山中城 (wikipedia)
●所在: 静岡県三島市(マップ
●築城: 北条氏康 (後北条氏3代当主)
●竣工: 1560年頃
●遺構: 障子堀、土塁、曲輪
●情報: 三島市HPパンフ(PDF)

<訪問記>

山中城跡は、三島と箱根を結ぶ東海道(国道1号線)沿いにある。JR三島駅からはバスで30分ほどの山の中。国道沿いに大きな駐車場があり、その駐車場を挟んで南北に城跡が広がる。北が本丸側、南が小田原攻めの前に拡張された出郭。

yamanaka2-01山中城跡 駐車場からスタート。国道の南北にそれぞれ駐車場がある。こちらは売店のある南側駐車場。100名城スタンプは売店にある。訪問時は朝8時、売店オープン前だったので、スタンプは売店扉横に吊るされていた。

yamanaka2-02駐車場にある看板をチェック。まずは縄張図。場所の名称が詳細に書き込まれすぎていて逆に分かりづらい。図中央が駐車場、右側が北。まずは国道を北上し、本丸跡下から城跡へ入る。

yamanaka2-03
史跡 山中城跡 説明板。三島市は、昭和48年より全て(!)の曲輪の全面発掘および環境整備を実施したという。

yamanaka2-03aまずは国道北側に広がる本丸等を含むエリアへ。駐車場の横のこの石畳の道から奥へ進む。なお駐車場の反対側にある小道から進むと中腹にある池周辺へ出られるようだ。

yamanaka2-04しばらく住宅街の中を進むと国道1号線へ合流。車に気をつけて歩道を進む。

yamanaka2-05「史蹟 山中城址」の石碑と鳥居があるこの道から城跡へ。

yamanaka2-06鳥居をくぐりしばらく小道を進むと、少し広い曲輪へ出る。諏訪・駒形神社。説明板によると、山中城の本丸に守護神として建てられたものという。落城後この地は箱根山の往還の宿場として栄えた。他に樹齢5−600年という大カシの木(山中城本丸入口に生える)などあり。

yamanaka2-09曲輪は兵糧庫とのこと。奥には礎石らしき石の並んだ一角があった。

yamanaka2-10s「兵糧庫跡の柱穴と大きな穴」説明板。先ほどの礎石らしき丸い石は、どうやら発掘調査で出てきた柱穴の場所を示すもののようだ。また奥の土塁手前には直径1.5mの大きな穴が4つ並んで出てきたという。用途不明とのことだが、何かを保管するか捨てるかしていたのだろうか。

yamanaka2-11兵糧庫曲輪の上段は何段かの横長の曲輪が連なっている。縄張図によるとこの一番上に本丸および天守台が残るはずだ。なお丸い植木が植樹されているがこれは遺構の保存のため(土が崩れないようにするため)で、当然往時は無く柵か何かで守られていたことだろう。

yamanaka2-12上段へ上がる。奥に見える一段高い部分が天守台。今いる場所は本丸跡。

yamanaka2-13本丸跡。藤棚が設置されている。5月頃に来るととてもキレイだろう。奥には土塁も残る。

yamanaka2-14本丸跡の奥にある、本丸跡 説明板。結構詳しく書いてある。藤棚があるあたりに、本丸広間と呼ばれる建物が建っていたようだ。

yamanaka2-15aそして本丸奥にある天守台へ登ってみる。天守台の周囲には背の高い木が植えられていて日陰になっていたのでまだ雪が残っていた。結構広い。

yamanaka2-16s説明板は「天守櫓跡」となっていた。往時は、一辺7.5m、高さ50cmほどの正方形の基壇(土の天守台)の上に高櫓が建てられていたものと想定されるようだ。今はその基壇もよくわからなくなっていた。また植樹により高櫓の柱穴も分からなくなってしまったのも残念。

yamanaka2-17天守櫓跡から見下ろす天守跡。結構広い。

yamanaka2-18天守櫓跡の周囲は、本丸側を除き深く掘られた横堀で囲まれていた。この斜面を這い上がってくるのは結構たいへんなくらいの斜面。斜面の向こう側は北の丸という別の曲輪。

yamanaka2-19横堀をずーっと辿って行くと、奥に木橋が見える。奥の北の丸へ渡る通路のようだ。

yamanaka2-20北の丸へ渡る木橋。

yamanaka2-21木橋の上から天守櫓跡周囲の横堀を見る。結構深いV字型。植林が無ければもっとよく見えるだろう。

yamanaka2-22木橋の説明板。架橋 になっている。発掘調査の結果、往時もまさにここに橋が掛かっていたようだ。いまは立派な木橋だが、戦時は敵が来て抑えきれないとなったらすぐに落とさないといけないので、もっとしょぼい橋だっただろう。

yamanaka2-23橋の向こう側へ。北の丸。こちらも土塁が周囲を囲む。かなり広い。

>> 山中城 [2/4] へ続く。<<

訪問時期:2014年2月
撮影機器:SONY NEX-3C
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