山中城 [3/4] まるで人間アリジゴクな障子堀を見まくる!!

山中城前回までの山中城 訪問記。

遂に最大の山場・西ノ丸 障子堀へ到達。深い横堀の底に縦に横に走る畝!すごい迫力。この障子堀は西ノ丸・西櫓一帯の周囲をぐるりと囲むように造られているので、ゆっくりと見て回る。


<訪問記>

西ノ丸横の東屋から見える障子堀に圧倒される。しかし障子堀はここだけでなく西ノ丸、西櫓周辺をぐるりと囲むように構築されている。どんどん進もう。

yamanaka2-48西櫓跡方面へ少し進むと、櫓跡の土塁が少しせり出している場所がある。ジャンプしたら渡れそうな感じ。

yamanaka2-49ここは「西櫓の架橋」跡とのことで、発掘の結果 やはり柱穴が出てきて、ここには図のような簡易な木板による橋があったようだとのこと。

yamanaka2-50西櫓跡の周囲も深く掘られていて、畝堀を形成している。

yamanaka2-51このあたりからは、西ノ丸方向に見える畝堀、障子堀だけでなく、反対側の眺望も素晴らしい。見える山の名称を記した石碑が立っているので眺望も見ておこう。訪問時は運が悪く天気イマイチで山裾しか見えないが… 中央左に見える大きな山は「愛鷹連山(あしたかれんざん)」。そして右奥に見える雪山が富士山。雲がなければ絶景でしょうなあ。なおこの時点は朝9時だが、1時間後に箱根関所跡を見ている頃には晴れてきて富士山頂も見えてきた。残念。

yamanaka2-52西櫓跡の一番奥に「史蹟 山中城址」の石碑あり。写真スポットになっているが、肝心の障子堀は深い堀の底なので、石碑・障子堀と一緒に記念撮影は角度的になかなか難しい。なお、このあたりは帯曲輪(西木戸口)のようだ。

yamanaka2-53西櫓跡の畝堀をもう1枚。天気が良ければ畝堀の向こう側に富士山が見えてるショット。

yamanaka2-54西櫓跡の周囲をぐるりと回ると、西櫓跡へ行くための土橋が見えてくる。架け橋があったあたりのちょうど反対側だ。

yamanaka2-55「西櫓堀」説明板。畝の幅は約60cm、堀の深さは2m。畝から堀底に落ちたら畝に登るのすら大変そうだ。また、このあたりは富士山等の火山灰が多く積もっているいわゆる関東ローム層な地域なので、当時はそのローム層が堀の表面に露出し、人が落ちるとずるずる崩れてすべって、一度落ちたら脱出は不可能と言われるほどの人間アリジゴク状態だったと言う。すごい。今は芝生とマリモ状の樹木の植樹で崩れる心配は少ない。

yamanaka2-56a西櫓跡へ続く土橋へ。

yamanaka2-57西櫓跡。周囲を高さ1mほどの土塁が囲っている。

yamanaka2-58西櫓跡に立つ「障子堀」説明板。西櫓跡と西ノ丸の間にある障子堀がここからよく見えるため、ここに立てられているのだろう。今回の訪問は2月初旬なので一面茶色だが、夏場に来ると写真のように緑一色な障子堀が楽しめるようだ。夏場にまた来たい (木陰の少ない山上なので激暑だろうけど)。

yamanaka2-58a西櫓跡の奥には土塁に登れるようなスペースがあり、そこから見る障子堀がなかなかの光景らしいので、早速見てみる。

yamanaka2-59…の前に、土塁前に立つ説明板を見る。「後北条氏の角馬出(かくうまだし)」説明板。2つの虎口(入口と出口)を持つ広場のことを「馬出」と呼ぶ。主に武田氏は丸く馬出の土塁を造ったので「丸馬出」、対する後北条氏は四角く造ったので「角馬出」と一般的には呼ばれるが、別に丸や角が彼らの専売特許というわけではない(他の例もある)。往時は、図のように、ここ西櫓の角馬出 周囲には土塀が築かれていた。

yamanaka2-60さて、西櫓跡の土塁端に登って、西ノ丸との間にある障子堀を見下ろす。この複雑な構造!!

yamanaka2-61少し角度を変えて斜めから。すごく表情が変わる。見飽きない。

yamanaka2-62西櫓跡を降りて、今度は奥の西ノ丸へ向かう。西ノ丸と西櫓跡のちょうど中間ぐらいから、障子堀を見てみる。畝の上を歩いて向こう側に行けそうな気がする(が畝高2mなので落ちたら終了)。一部まだ溶けきらなかった雪が残っているが、もしガッツリ残っていたら一面真っ白で全然わからなかっただろう。(ちなみにこの訪問の翌日、記録的な豪雪で一面雪になった模様)

yamanaka2-63西ノ丸へ向かう。少し上り坂になっており、突き当たり左にあるのが西ノ丸。右に進むと元西櫓方面へ出るようだ。この階段(当時は斜面か)は西ノ丸周囲の畝堀を渡る土橋になっている。

yamanaka2-63a「土橋」説明板もあった。西ノ丸へ入るにもただまっすぐ進むだけではなく、途中に土塁による折れ曲がりやら木戸やらがあり、一筋縄では行かなかったようだ。写真にうつる青々とした木々に覆われた土橋と、今いる場所が、同じ場所だとは思えないほどの変貌っぷり。やはり夏場にも一度こないといけない。

yamanaka2-64土橋付近から西櫓跡方面を見返す。まさに要塞。マリモ状の植樹が無ければもっと城っぽかっただろう。

yamanaka2-66土橋から西ノ丸東側の畝堀を見る。枯れた芝生の間に残る雪がまるでパウダー状に見えるため、やや美味しそう(?)にも見える。

yamanaka2-67高く盛られた土塁の間の坂道を上がり、二ノ丸へ。

yamanaka2-68二ノ丸到達。なんとこちらも大規模工事中。具材を運ぶレールまで敷いてある。どうやら奥に見える一段高い「見張台」および周囲の土塁を再構築しているようだ。

yamanaka2-69何だか今までとフォントが違う「西の丸」説明板。自然地形と人知とを一体化した北条流 中世山城築城術。

yamanaka2-70二ノ丸にはもう1つ、「山中城の建物」という説明板があった。西ノ丸は発掘調査の結果 建物の痕跡が出てこなかったがそれは戦後の開墾耕作による遺構喪失の可能性もありとのこと。隣の西櫓跡からは柱穴跡や礎石が出てきたが、瓦片や日常生活道具が出てこなかったことから、茅葺きの掘立小屋程度の建物があったようだ。なるほど。

盛りだくさんの山中城跡、クライマックスとも言える西ノ丸 障子堀を見終えたので、あとは下山し、駐車場の反対側にあった出丸を散策する。

>> 山中城 [4/4] へ続く。<<

訪問時期:2014年2月
撮影機器:SONY NEX-3C
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