駿府城 [1/2] 石垣と中外堀のみが残る”大御所”家康 晩年の城。

天下人となり幕府を興した徳川家康が、将軍を秀忠に譲って”大御所”となった後に生活・政治の拠点とした「駿府城」。家康と駿府との関わりは古く、今川氏の駿河統治時代に人質として幼い家康はここ駿府で生活していた。戦乱を経て駿河を領国とした家康は、駿府に天守を持つ近代城郭を築城。しかし秀吉の命で家康は関東へ移封、秀吉配下の中村一氏が城主となる。江戸開府後、秀忠に将軍職を譲った後に駿府へ戻り、城の拡張工事を実施、大御所政治の拠点とした。5重7階の大天守があげられたが、1635年に火災で焼失。その後は建てられなかった。明治廃城令により建物・城門等は全て破棄。中堀の内部は全て均され公園化し、天守台や内堀までも破壊された。平成になってから巽櫓、東御門などが順次再建されている。

駿府城<基本データ>
●名称: 駿府城 (wikipedia)
●所在: 静岡県静岡市 (マップ)
●築城: 1589年 (天正17年)
●築主: 徳川家康
●遺構: 石垣、中堀、外堀(櫓/門等は復元)
●情報: 静岡市HP


<訪問記>

かつて駿府城を囲んでいた3重の堀は、最も内側の内堀がほぼ埋め立てられ、今は2重の堀となっている。外堀の内側は学校や省庁などが建ち並ぶ城跡にありがちな利活用がされている。中堀の内側は城址公園として整備され、東御門など幾つかの建造物が再建されている。

中堀には東西南北1つずつの橋がかけられている。建造物が再建されている東の橋、東御門前から入城し、城跡を見ていこう。

sumpu2-01再建された東御門および巽櫓。駿府城でもっとも “お城らしく” 見えることから、この角度の写真がよく使われている。石垣は積み直しがなされており、汚れている部分と綺麗な部分がくっくり分かれていて修復の跡が分かりやすい。徳川”大御所”家康の城ということで、これだけ立派な城も壊されてしまったということだろうか。

sumpu2-02東御門橋側の写真(1枚目の構図)はよく見るので、もう1つの辺の方を1枚。再建されたのは巽櫓までなので、その向こうは石垣がただ残るのみ。櫓には入ることができるので後ほど中を見てみよう。※その後、他の櫓も順次復元されている。

sumpu2-03-5838巽櫓と中堀。まさに近世城郭という印象。静岡の街中にこれだけの石垣と堀が残るだけでも奇跡といえよう。

sumpu2-34a巽櫓のそばには、ヤジキタの銅像がある。中学校で習った十返舎一九 作「東海道中 膝栗毛」の弥次さん(左)、喜多さん(右)。右側の碑に「府中 弥次喜多像」とあるのは、駿府=駿河府中の略であり、宿場名も駿府宿ではなく府中宿。ちなみに膝栗毛とは、栗毛=馬のことで、馬で旅をするのではなく膝を馬代わりに、つまり徒歩で旅をすることを意味するとか。

sumpu2-04-5822巽櫓と、その向こうにそびえる巨大なビル。手前の東御門の石垣と、巽櫓の載る石垣の石材が異なる。これも天下普請が故、か。

sumpu2-04aではいざ城内へ。こちらの復元された東御門橋から中堀内へ入る。城内は公園で入城無料のため自由に入ることができる(復元櫓内および日本庭園内は有料)。

sumpu2-04b東御門橋前に立っている駿府城 説明板。往時は五重七階の天守が建っていたという。天下普請による築城のため、石垣に残る刻印探しもしてみよう。

sumpu2-05東御門橋を渡って枡形へ。正面には鏡石がいくつか配置してある。向かって右側の石垣とは積み方が異なるのは、復元だからか、天下普請が故の担当者が異なることによるものか。

sumpu2-06枡形の出口にあたる櫓門南面。東御門は重臣たちの出入りする門だったようで、太い梁と鏡柱が訪れる者を圧倒する。迫力満点。

sumpu2-06a-5845櫓門の通路天井を貫く梁。カンナで細かく削って丸く加工している。奥は曲がった木材をうまく配置している。まさにお城という印象。

sumpu2-07中堀の内部は「駿府城公園」となっている。図のとおり、もう1つ内側にあった内堀はほとんど残っておらず、発掘調査を元に復元した極一部が見られるのみ。ちなみにこの看板、各スポットの名称が英語でも表記されているのだが、よ〜く見ると日本語をローマ字で書き直しているだけ(Tokugawa Ieyasu-no Zou など)。衝撃的だ。

sumpu2-08s駿府城公園 石碑。元々は「駿府公園」だったが、ここが城跡ということを市民や訪れる人にわかって頂きたいということで駿府城公園と名を改めたとか。名前だけでなくちゃんと「城跡」としても整備が進められ、復元された東御門&巽櫓の他に、南西角の坤櫓(ひつじさるやぐら)も復元工事を実施中。

sumpu2-09東御門を入ってすぐのところに内堀(本丸堀)の発掘調査に基づく部分復元箇所がある。説明板によると、幅23m〜30m、深さは5mあり、石垣は打込ハギおよび算木積みでしっかり積まれていたとか。

sumpu2-09a-5814発掘された内堀石垣部。積み直しか、これだけ残っていたのかは、不明。

sumpu2-09b-5815「本丸堀」説明板。写真を見ると石垣ごと出てきたようだ。

sumpu2-10内堀を反対側から。こうして堀と土塁、奥に櫓門があると、まさに城という感じ。

sumpu2-10a-5810内堀の手前には、東御門と巽櫓を見据える位置に看板が建っていた。

sumpu2-14内堀の内部に入り、元 本丸エリアへ。といっても内堀が残っていないので、どこまでが本丸でどこからが二ノ丸等かが分かりづらい。本丸跡中央は写真のように丸い形で整備されている。

sumpu2-11本丸跡の中央付近には、駿府城本丸跡の石碑と、鷹狩をする徳川家康公(大御所になった後の城なので歳相応の御姿)の銅像が立つ。

sumpu2-11a-5806駿府城本丸跡の徳川家康公像。この貫禄!

sumpu2-11b-5805また、家康公像の向かいには家康公手植えと伝わるミカンの木がある。紀州より献上された鉢植えのミカンを天守下のこの地に植えたとのこと。

sumpu2-10b家康公銅像前の駿府城 説明板。内容は他の説明板とほぼ同じ。

sumpu2-15さて、本丸 主要部を見終えたところで、復元された東御門および巽櫓の内部へ入ってみよう。入場料200円也。

sumpu2-15a-5853櫓門の中は「大御所時代の駿府城」と題して、テーマに沿ったジオラマや出土品などが展示されているようだ。雰囲気あるライティングもいい感じ。

sumpu2-16正面に家康公のちょっとイメージの違う蝋人形が出迎える。家康公と言うと、もう少しふっくらというか貫禄のある体格のイメージがある。横の漢字の旗は家康公が用いたという大将旗。「厭離穢土欣求浄土」は「おんりえど ごんぐじょうど」と読む。浄土宗の有名なフレーズとのこと。

sumpu2-17櫓門の内部。木造で当時のとおりに復元されているため、天井板が無く梁がむき出しになっている。家康大御所時代の駿府城の姿に関する展示が美しくディスプレイされている。壁に「城は縄張りが命」と書いてある(どこかで聞いたフレーズ風)。格子窓からはシルエット兵が銃を構えている。

sumpu2-18展示の中から幾つかを紹介。駿府城は天下普請による築城だったため、城内の石には多くの刻印が残るという。刻印はどのマークが誰を指すのか分からないとしている城も多いが、ここでは主な大名とその刻印がバッチリ示されている。これは参考になる(覚えきれないけど)。

sumpu2-19駿府城 縄張図。家康没後の1640年頃の縄張りと思われるとのこと。同心円状に堀を築いた、典型的な輪郭式縄張り構造。

sumpu2-20a縄張りを立体化した模型も展示。 正面に写る枡形が、東御門。これを見ると、今の公園内の中央付近にあった本丸は石垣も有りその周囲の二ノ丸に比べ結構な高さがあったようだが、今は完全に削られ均されてしまったのが残念だ。

sumpu2-20b-5866今はなき駿府城天守台付近。まったく面影は無いが、天守台の位置は発掘調査等から判明しているようで、復元する動きもあるとか。

sumpu2-21駿府城天守の模型。説明板によると、5重7階、平面規模 10間x12間(約20mx25m)、屋根には銅瓦など金属瓦も使われていたという。天守台は46mx56mあり、「駿州府中城図」等の古絵図によると、天守台の上にそのまま天守が載るのではなく、このように天守台の中央に天守を置き、その周囲を囲むように櫓や多聞が建っていた。姫路城のように天守とその周囲の建物が連結していたのではなく天守は独立して建っていたという。

sumpu2-21a-5869天守が建っていた頃の駿府の城下町全体ジオラマもある。

>> 駿府城 [2/2] へ続く。<<

訪問時期:2014年2月
撮影機器:SONY NEX-C3
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