岩国城 [1/3] 錦帯橋で有名な、山上にそびえる白亜の城。

岩国城は、関ヶ原後に岩国3万石となった吉川広家(毛利元就の息子で吉川家の養子となった吉川元春の三男)が、麓を流れる錦川を天然の堀として1608年に横山山上に建てた近代城郭。しかしわずか7年後の1615年に一国一城令により破却、麓の居館のみとなった。現在の天守は昭和の復元で、山麓からよく見えるよう位置も異なる場所に建てられた。錦川にかかる5連木造アーチ橋「錦帯橋」は3代藩主 吉川広嘉により架橋。天守は古絵図の外観を参考に場所を変更して昭和37年に復興された。

<基本データ>
●名称: 岩国城 (Wikipedia)
●所在: 山口県岩国市 (地図)
●築城: 吉川広家 (毛利元就の孫)
●竣工: 1608年 (慶長13年)
●遺構: 天守台、石垣、空堀、武家屋敷
●情報: 岩国市観光HP錦帯橋HP

Links: 岩国城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

iwakuni01-s新幹線 新岩国駅 よりバスで錦帯橋バスセンターへ。目の前の錦帯橋に行く前に、センター窓口にて錦帯橋入橋料+岩国城入城料+ロープウェイ往復のセット券930円を買おう(現地で別々に買うと計1100円)。ロッカーに荷物を預けるのも忘れずに。

iwakuni02-s錦帯橋 説明板。岩国3代藩主 吉川広嘉(ひろよし)により現在のアーチ型を考案し架橋。昭和25年の大型台風による流出まで250年持ったという。それも戦中のメンテ不足や山林伐採、戦後の米軍による砂利大量採取による強度低下が要因と考えられている。なお現在の錦帯橋は平成15年に架け替えられたもの。ちなみに藩政時、一般人は錦帯橋を渡ることは許されていなかったとのこと(武士および一部の商人のみ通行可能)。

iwakuni03-s錦帯橋の向こう側にある横山山上には岩国城天守(復興)が建つ。麓から天守がよく見えるよう、昭和の再建に当たって慶長の天守台の上ではなく少しこちら側に天守の場所を変更したとか。

iwakuni04-s錦帯橋と岩国城天守の定番ショット。

iwakuni05-s錦帯橋の上から岩国城天守を眺める。錦帯橋は思ったよりアーチの高低差があり、登ったり降りたり感がすごい。

iwakuni06-s錦帯橋の上から、岩国城下 天然の堀である錦川を見下ろす。今は静かで美しい川だが、台風の折は錦帯橋を流してしまうほどの流量になるという (参考:1950年の流出時の写真)。

iwakuni07-s錦帯橋を渡ると、山麓地帯は吉香公園として整備されている。元 上級武士の屋敷があったところで、いくつかの屋敷が残り、いろいろ観光施設も建っていて、見所は多い。まずはロープウェイ乗り場までの道すがらにある施設を見ていこう。(残りは下山後)

iwakuni08-s橋を渡ってまず目に入るのは、吉香公園入口に立つ吉川広嘉公の銅像。3代岩国城主で、現代の形となる錦帯橋を架けたことで有名。

iwakuni09-s続いて、江戸時代から残る岩国藩家老・香川家の長屋門。香川正恒が元禄年間(1690年頃)に建てたという。

iwakuni10-s吉香公園の中央付近へ。往時はこのあたりにも武家屋敷が並んでいたのだろうが、今は市民の憩いの場となっている。

iwakuni11-s吉香公園中央にある噴水施設。よく見ると天守台のような意匠になっていたので掲載。入口側から見るとまったくそうは見えない。

iwakuni12-s噴水の正面にある古屋敷は、旧目加田家住宅。重文だ。

iwakuni13-s旧目加田家住宅 説明板。吉川広家公の頃からの家臣で、知行170石あまりの中級武士だったという。現存する屋敷は18世紀後半の建築(約250年前)とのこと。昭和53年に修復工事。

iwakuni14-s続いて、岩国に住むという白蛇の博物館へ。生きた白蛇が見られるという。由緒のある神社などで白蛇を見ると願いが叶う、長生きするなどという言い伝えもある(奈良の大神神社など)。これは見ておかないと。

iwakuni15-s岩国のシロヘビ 説明板。天然記念物! 突然変異ではなく、特定の地域に集中して生息している例が世界的にも珍しいとのこと。財団法人 岩国白蛇保存会 というのまであるのか。

iwakuni16-sそしてその岩国白蛇保存会からのお願い。多額の経費がかかるので善意の浄財(寄付)をよろしくお願いしますとのこと。入口に箱が置いてある。いくらか入れて中に入ろう。

館内の説明板によると、岩国のシロヘビはアオダイショウの白色変種とのこと。なお白蛇の写真については、爬虫類やヘビが苦手な人もいるだろうから、別リンクにしておきます。見たい方はこちらをどうぞ→岩国白蛇の写真1岩国白蛇写真2

白蛇を見て、その前にあるロープウェイ乗り場から一気に山上へ。

iwakuni19mt-sロープウェイからの景色。横山は標高約200mとのことで、錦帯橋はおろか、蛇行する錦川、天気が良ければ瀬戸内海まで見渡せるだろう。

iwakuni20-s山上へ。「城山おもしろぱあく」というヘンテコな名前がついている。マップによると、天守や天守台などがあるのは山道の向こうの曲輪のようだ。まずはそこまで行こう。2本の道があるので、井戸や空堀などが見られる、図で言う上にあたる道を通って行く。

iwakuni21-sこちらが大釣井。説明板によると慶長13年の築城時に作られたもので、非常時の武器弾薬の格納庫としての役割だけでなく、落城時の脱出口を備えた井戸であると伝えられているとのこと。そういう伝説は各地のお城(の井戸)に伝わるが、実際に調査してみるとそんな道は無かったりすることが多い。ここはどうなのだろうか。

iwakuni22-s井戸には珍しく蓋がしてなかったので、柵の上から覗いてみる。井戸の周りを厳重に囲う石垣から、かなりの大きさであることが分かる。

iwakuni23-s井戸を越えると旧 天守台が見えてくる。かつては壊されて埋められていたが、近年の発掘調査により位置と大きさが判明し、積み直し復元された天守台だ。こちらは裏側になるようなので、天守を見に行く際に再度しっかりと見よう。まずは奥へ。

iwakuni24-s復元天守台の北隣には大きな空堀が残る。これにより本丸と北の丸を分けている。土や石が落ち草が生え浅くなっているが、幅と斜面の角度からして往時はもっと深い空堀だったのだろう。

iwakuni25-s空堀 説明板。幅20m、深さ10m。鉄砲による攻撃を意識して造られた規模という。

iwakuni25a-s道すがらには、城が破却された際に出た石垣の残骸と思われる石が散乱している。

iwakuni26-s空掘を越えて北の丸へ着くと、曲輪から奥へ降りる山道を発見。北の丸周辺散歩道と名付けられている。写真では暗くて分からないが現地で少し奥を見てみると、石がゴロゴロしている。これは行ってみる価値がありそうだ。パンフの地図によると、北の丸の周囲をぐるっと迂回して再度本丸へ向かうルートのようだ。

>> 岩国城 [2/3] へ続く。<<

訪問時期:2013年12月
撮影機器:SONY NEX-C3
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