高松城 [後編]

高松城 [前編] の続きです。

  • 前編・・・西入口〜披雲閣庭園〜桜御門〜桜の馬場〜艮櫓〜枡形
  • 後編・・・旭門と艮櫓を見て、水手御門、天守台へ

<訪問記>

takamatu23枡形の東出口にあたる門は旭門で、現存の高麗門。こちらからも入城できるため門横には料金所がある。西入口から入城したため、いったん写真撮影のために外に出るけどまた戻る旨を一言告げて門外へ。

takamatu24旭門を外から見る。堀周囲の石垣は打込ハギだが、門の石垣はしっかり切り揃えられた切込ハギだ。パンフによるとかつての高松城大手門は桜の馬場の中程にあったが、三の丸に藩主住居である旧披雲閣が建てられたことからこれを廃して新たにここに旭橋および旭門を設け、ここから出入りするようになったという。

takamatu26旭門を出ると現在は駐車場になっていた。その駐車場のへりから内堀および艮櫓、旭橋を見る。パンフなどでもよく見られる構図だ。白亜の壁が美しい。なお艮櫓の移設にあたって、旧太鼓櫓の台座と大きさが合わなかったことから櫓台を内側に拡張したという記述があったが、言われてみるとちょうど外側の石落としの下ぐらいに拡張したような縦の境目が見えるような気がしないでもない。

takamatu27旭門から再度中へ入り、披雲閣庭園を通って次は城跡北東部の現存 月見櫓へ。公園の中からでも月見櫓の頭が見える。

takamatu28公園を抜けると折れ曲がる細い通路に出る。正面が現存 三重三階建て 月見櫓。その手前の石垣が凹んでいるところは水手御門がある。手前の櫓は渡櫓で、石垣および櫓を延長した跡がくっきり残る。

takamatu29月見櫓および水手御門を正面内側から。大きな千鳥破風を持ち白亜の壁だった艮櫓とは少し趣が異なり、補強のためと思わえる柱を横に付けた長押(なげし)を備えている。

takamatu30月見櫓、水手御門および渡櫓は、内側より外側から見たほうが格好が良い。こちらは月見櫓から二の丸跡方面へ向かう道の石垣上にカメラを突き出して撮影。なお往時は城の北部は海に直接面しており、水手御門はその名の通りここから直接船で海に出る門だった。パンフ掲載の地図を見ると、水手御門前のスペースは少し凹んでおりそこに水がはってあるような表記になっていたが、訪問時は写真のとおり水は無し。

takamatu31月見櫓から再度 二の丸方面へ戻る。水門を越えて、この虎口の向こうは二の丸。二の丸に入ってすぐ左へ曲がりまっすぐ進むと天守台だ。ここは武櫓跡(ぶのやぐらあと)。

takamatu32二の丸から天守台のある内堀に浮かぶ小島へ渡る廊下橋。鞘橋(さやばし)。パンフによると築城当初は欄干橋だったが江戸中期に屋根が付けられたとのこと。渡ってくる敵が見える欄干橋ではなく、通ってるかどうかが分かりにくい廊下橋になったことで、城は江戸中期にはもはや戦時の防衛拠点ではなく儀式・政庁のための設備になったことが伺える。

takamatu33鞘橋 正面へ。鞘橋は現存ではなく、1971年竣工とのこと。

takamatu34鞘橋から見る天守台。平成17年から8年かけて天守台の調査修復工事が行われ、ちょうど終わったばかりだったので、このとおり美しい天守台が復活していた。

takamatu35鞘橋を渡るとすぐ天守台へ…というわけにはいかず、いったん天守台とは反対側へと強制的に連れて行かれる。築城当時の天守を守るための構造がそのまま残っている。

takamatu36そして天守と反対側まで行ってから、ぐるっと回って天守正面へ。復旧工事の前、天守台の上には藩主を祀る玉藻廟(明治34年造)が建っていたが、老朽化に伴い復旧工事の際に撤去。松平交益会敷地内に新玉藻廟および御神体の頼重公像が鎮座しているという。

takamatu37天守台は地下1Fがあり、そこまで石段が伸びている。恐らくこの石段は復元されたものだが、発掘調査でもこの規模の石段が出てきた模様。江戸時代の刻印石もあったという。参考:高松市文化財HP

takamatu38石段を上り、天守台内部へ。

takamatu38a天守台内部。発掘調査の結果、天守台内部には「田」形の礎石と、4本の掘立柱が混在していたという。これらの礎石は発掘調査で出てきた58個そのものという。掘立柱は2本が抜き取られ、2本は地中に70〜80cmほど直径30cm余の丸柱が残っていたそうで、地中に残っていた木材を年代測定すると1630〜1660年頃の判定だったとか。まさに松平氏が建てた新天守そのものの時代。

takamatu39天守台内部を反対側から。天守台の石垣の上にあがる展望台が設置されている。

takamatu40天守台展望台から内堀(水門方面)を見る。堀の水の色が綺麗。

takamatu41天守台展望台に設置されていたミニ説明板。生駒氏家紋が刻印された石が写っているが、どこに現物があるか分からず(天守台復元工事で天守台南西角で見つかったとのこと)。

takamatu42天守台展望台から廊下橋を見る。有事は橋を落としてしまえば、天守は孤島になり防御力は格段にあがる。(米と水が持てば)

takamatu43天守台展望台の上から天守台内部を見下ろす。

takamatu44高松城見学を終わり、バス駐車場へ戻る。奥の石垣は天守台のあった島の西側、地久櫓台。こちらはまだ修復工事中のようだ。目の前に琴電の線路が走る。このあたりは往時は内堀で、天守台のある島をぐるっと囲っていた。

生駒氏の讃岐本城にして、四国最大の規模だった高松城も、天守など主だった建物が破壊されてしまった今となっては数ある城跡の1つとなってしまった。近年の天守台修復(参考:高松市HP)で遺構ながら見所は増え、周囲の修復工事も着々と進み、またケンブリッジ大で精細な天守の写真が見つかるなど天守復元に向けての動きもあるという。(参考:玉藻公園HP

訪問時期:2013年12月


総括

以上で、3日間に渡っての”ぐるっと四国一周9城めぐりツアー”も無事?完了。
個々の城訪問を振り返ると常に時間に追われてて満足に見れずバタバタ感があったが、良い所としては→バスで現地まで連れて行ってもらえる(移動に体力や気を使わなくて良い)、余計なお土産屋に寄らない(宝石屋など。安いツアーにありがち。時間の無駄)、昼ごはんも移動中にバス内で弁当を食べるという時間活用の徹底ぶり、城に着くと現地ガイドが待ってて時間のない中で効率よく見所を案内、添乗員さんも城好きでバス内など合間合間に城トークをする…など、なかなかお値打ちで興味深いツアーでした。
昨今の歴史人気から似たようなツアーがどんどん組まれているようなので、またぜひ参加したい!

●行程
H25年12月某日
・1日目:新大阪発8:00→11:00徳島城12:40→15:15高知城17:00→(高知泊)
・2日目:高知発7:45→10:30宇和島城12:00→13:00大洲城14:20→15:30松山城17:00→(松山泊)
・3日目:松山発8:45→8:55湯築城9:50→10:55今治城12:00→13:50丸亀城15:10→16:00高松城16:50→20:00新大阪着

参考:クラブツーリズム 日本の歴史を訪ねる旅 日本の名城特集

(※当記事はステマや提灯記事ではありません)

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高松城 [後編]” への3件のフィードバック

  1. 高松城旭門の内枡形石垣に埋み門が現存しています。
    着見櫓は水の手門(海の大手門)の着到櫓というイミですから、どこかで月見櫓と転訛されたものでしょう。実際に、5棟(だったかな?)立っていたという高松城の三重櫓の中では最大の櫓で、小天守の役割も担っていたとも云われています。比較をすると、姫路城小天守群の中で最大の乾小天守(だったと想います)と大きさは変わりません。天守そのものも一階平面では姫路城大天守に匹敵します。3重4階建てですので高さは5、6m低くなっていますが。恐らく、海の大名(精確には交代寄合衆)高原氏を改易しても高松沖を航行する舟を監視できるようにという含みがあったのではないでしょうか。

    1. alfujitaさま、コメントありがとうございます。
      旭門枡形の埋門についてはコメント頂いた後編ではなく前編の方で紹介させて頂きました。
      月見櫓が元々海に面していて藩主出航用の水手御門も脇にあることから、着見櫓だった、というのは現地の説明板か何かで読んだ記憶があります。姫路城との比較はしたことありませんでした、同じ平面規模とすると讃岐12万石の松平氏にしてはなかなか立派なお城だったのかもしれませんね。天守の古写真を見ると南蛮造りで最下層も天守台より広いというデザイン的にも特徴的なものでした。

  2. お返事有り難うございます。前半部分読み飛ばしていたようで失礼しました。
    伝説上は、姫路城の大天守に範をとるか、小倉城の天守に範をとるか議論したあげく、姫路城天守の規模は大きすぎるので小倉城天守に範をとることにした・・・ということになっています。が、建物の平面規模でいえば小倉城天守の方が姫路城大天守より大規模です。姫路城大天守に比べて小倉城天守は低減率が大きく、その分見栄えがしないのを避けるためにか、5階部分は回廊を取り込んで4階より大きいという独特の作りになっています。浜辺に築いた小倉城は地盤が悪いので天守の重量を軽くするために低減率を大きくしたと考えれば、同じように地盤の良くない高松城天守も、それを真似たということかもしれません。
    高松藩は入府当初から表高(12万石)よりも内高(16万石)が大きいことを幕府も承知の裕福な藩でしたので、あのような大規模建築が可能になったのかもしれません。

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