今治城 [後編]

今治城 [前編] の続きです。

  • 前編・・・鉄御門〜二の丸〜本丸御門〜天守〜展望台
  • 後編・・・高虎公像から鉄御門 内部へ

<訪問記>

imabari28takatora天守を出て二の丸へ。高虎公 騎馬像。名前は側面に付いていることが多いような気がするが、正面についていた。鉄御門パンフによると、この高虎公像は彫刻家 中村晋也氏による平成16年の制作とのこと。鉄御門再建と同時期。

imabari29a正面からではなく少し横から見た方がカッコイイ。この騎馬の躍動感!各城跡などにある戦国武将の銅像はすべて氏に造り直していただきたいぐらいのカッコ良さ。調べてみると、大坂城豊国神社の秀吉公像や、玉造稲荷大社の秀頼公像も、氏の作品であるという。

imabari29b高虎公騎馬像 碑文。今治市は、街の基礎を築いた高虎公推し。

imabari30高虎公と今治天守。素晴らしい組み合わせ。

imabari31そして今治城を去る高虎公。舞台は伊勢・津へ。尻尾の造型もすごい。

imabari32続いて、史料に基づき史実再現されたという鉄御門へ。内部へは山里櫓と武具櫓の中間あたりから入場する。見学は有料だが、天守の入城券と共通になっているため、天守に入っていればそのまま入れる(入口で入場券を見せねばならない)。左奥は、山里櫓と山里門。

imabari33鉄御門入口の階段をあがると、武具櫓へ続く石垣の上へ。松と土塀の間を通って武具櫓へ。

imabari34武具櫓の手前から鉄御門を見る。石垣も再現工事時の積み直し(石垣も破壊されていたため)だが、所々石灰岩と思われる白い石が混じっているのが良い感じ。

imabari36武家櫓を通り抜けて、木造復元された鉄御門内へ。見やすいようにライトアップはされているが、戦闘モードむき出しの天井板のないこの梁の森。パンフによると、ケヤキ、松、ヒノキなどが使われているという。

imabari37横に何本も張られた梁の上をまたぐ、大きな梁。

imabari38多聞櫓の一番奥までずっとこの調子。見ていて飽きない。なお横に何本も連なる梁は壁を突き抜けているが、その向こう側はどうなっているかというと↓

imabari39このように壁を突き抜けたところで固定されていた。すべて釘を使わずこのように固定されているとのこと。

imabari40武具櫓は史実復元ではない。中は入城券販売等の窓口と、鉄御門の木組雛形や鏡柱などの太さが分かる断面などが展示してあった。

imabari41正門正面の鏡石の上あたりから土橋を見る。敵が攻めてくれば一目瞭然。

imabari42鉄御門を出て、向かい側の山里櫓へ。中は具足や仏像などの古美術品などが展示されているという。

imabari44展示されていた具足の一部。江戸時代のものとのこと。

imabari45櫓の石垣の上から今一度、二の丸および模擬天守を見る。高虎の建てた天守は層塔型と言われているが(移築先の丹波亀山城天守が層塔型だったため)、模擬天守は何故か望楼型だ。

imabari47a鉄御門を出て、土橋上から内堀および二の丸石垣を見る。犬走りの上に樹木が植えられていて、石垣が見えないのが少し残念。

imabari48土橋を渡り、内堀の外側から土橋および鉄御門方面を見る。土橋を渡りきったあたりから犬走りへ降りる石段があるようだ。行かなかったので立ち入りできるかは不明。

imabari50土橋横の駐車場に今治城跡の立派な石碑が建っているのを発見。奥のスーツメガネの銅像は檜垣俊幸翁。今治市名誉市民で今治造船の会長とのこと。ここに立ったのは、氏が鉄御門再建や高虎公騎馬像の設置に尽力したから、とのことのようだ。銅像作成者は高虎公像と同じ中村晋也氏。銅像設置式典の様子

天守は模擬だが、内堀に浮かぶ石垣に囲まれた城内には高虎公の騎馬像が立ち、そして何より史実再現された見事な鉄御門があり、見所は多い。

訪問時期:2013年12月

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