高知城 [前編]

土佐を治める長宗我部氏が関ヶ原で西軍に与し改易されると、代わりに山内一豊が土佐24万石で入国、大高坂山に城を築き「河内山(こうちやま)」と名づけた。その後、水害が絶えないことから「高智」と字を改め、それが転じて現在の「高知」となった。天守を含め本丸御殿や多聞櫓など本丸内の全建物および追手門が現存し、穴太衆による野面積みや打込ハギの高石垣も随所に現存するなど、見所が多い。

kochi_cover<基本データ>
●名称: 高知城
●所在: 高知県高知市(マップ
●築城: 山内一豊
●竣工: 1601年(慶長6年)
●遺構: 天守、御殿等 本丸建造物、追手門、石垣、堀
●情報: 高知城

<訪問記>

ぐるっと四国一周バスツアー2城目は高知城。1城目の徳島城跡から高速を乗り継いで(徳島自動車道→高知自動車道)はるばる2時間半、高知へ。時間が勿体ないので食事はバスの中で簡単に済ませる。時間のすべてを城めぐりに費やすこのツアー、なかなかいい感じ。

高知城 到着は15:20。日暮れまで余り時間がない。ポイントは見逃さず、サクサク進みたいところ。

kochi01高知城域は県立高知公園になっているようだ。公園の入口付近に建つ 高知城の沿革 説明板。元々この地には南北朝の頃から大高坂城と呼ばれる山城が建っており、その後の長宗我部氏による築城を経て、関ヶ原後に入国した山内一豊により現在に残る高知城の姿となった。明治の廃城令で本丸・追手門以外の建物は破壊されたものの花木を植え公園として整備された。

kochi03土佐藩 初代藩主にして高知城を建てた山内一豊公の銅像。追手門の外(城域の外)に建つので見逃さないよう注意(高知城パンフにも掲載なし)。

kochi03a具足姿で騎乗し長槍を持つ一豊公。かなりかっこいい! 土佐24万石を与えられるきっかけとなった関ヶ原の戦いに臨む勇姿とのこと。

kochi04山内一豊公 銅像 説明板。信長、秀吉、家康の3時代を生き抜き、尚且つ出世した唯一の武将。大正2年に造られた銅像(戦争で供出)の原型をもとに平成8年に再建。再建時に異なる姿にされることは多いが(例:徳島城跡の蜂須賀小六像→再建時は何故か家政像)、元の姿を再建してくれたのは嬉しい。

kochi05追手門前に建つ高知城 説明板。山内一豊公は築城工事中、1日置きに督励のために現場を訪れていたという。まさに現場主義。1727年の大火では追手門が焼け残ったという。ここ追手門からのびる商店街(追手筋)で毎週開催されている日曜市は、なんと元禄年間から続く!

kochi06追手門。2つの石垣の上を渡櫓を載せた巨大な櫓門だ。門の前には立派な松の木と、向こう側にはそびえ立つ天守が見える。場違いな高層ビルなども見えず、まさに土佐藩な風景。追手門前の説明板によると、慶長年間創建、1664年に再建された追手門とのこと。350歳。また城内の他の石垣と異なり、ひときわ大きめの石が積まれているのも見所という。

kochi06a追手門の前に建つ「國寶 高知城」の石碑。実は高知城は国宝ではなく重要文化財。現在の文化財保護法では高知城は重要文化財に位置づけされるが、旧法(国宝保存法)では国宝扱いだったため、その際に建てられた石碑(昭和9年建立)には国宝と書かれている。詳しくは横の赤い看板を参照。なお(旧)国宝は文化財保護法により(新)国宝と重文とに分けられただけで、別に高知城が “格下げ” されたわけではないとのこと。

kochi07追手門前の石垣には刻印も見られるという。探してみたところ「國寶 高知城」石碑の上あたりに「エ」と掘られた刻印を発見。他城でよく見る、ノミで掘った手書きの読みづらいマークではなく、まるで機械で掘ったかのような正確な書体の「エ」にびっくり。ガイドさんに尋ねてみたが当時のものとのこと。うーむ。他にも「ケ」や「シ」などもあり、どれも美しく掘られていた。カタカナばかりなのも驚き。

kochi08追手門 正面より。巨大なケヤキの冠木、主柱などには補強のための銅板が貼り付けられている。もちろん小さな屋根の下には石落しもある。

kochi10追手門 裏側より。扉も銅板でがっちり補強されている。扉に付けられた乳金物(おっぱい型の釘隠し)と八双(∑型の補強金具)も見逃せない。

kochi11追手門 裏側全景。見飽きない。ここまでで25分経過。まだ銅像と追手門しか見ていない!

kochi12追手門を超えて登城口へと向かう途中、右手を前にする銅像が目に入る。自由民権運動で有名な板垣退助公。元 土佐藩士とのこと。ガイドさんの話によると、日本人で初めてルイ・ヴィトンのかばんを持ったうちの1人らしい (洋行先で購入)。また、有名なセリフ「板垣死すとも自由は死なず」を言ったと伝わる襲撃事件では、実際の傷は数cm程度で全く致命傷ではなく、その後40年ぐらい生きたという。何はともあれ維新で功績を残した現代ニッポンの立役者の1人であることは間違いない。

kochi13いよいよ高知城の登城道へ。長い石段をあがっていく。一段一段の幅が微妙に広く歩きづらいのは、お城あるある。

kochi14途中の石垣に「石樋」が残る。写真奥の石垣から飛び出た石板がそれ。説明板によると、雨の多い高知で排水が石垣に滲みて崩れる原因とならないよう、城内16箇所に設けられている設備で、そのうち最も下にあるこの石樋が一番大きいという。知らない人が見ると飛び込み台みたいだ。

kochi15石樋の下には石で排水路が作られている。ここを水が通り、やがては内堀へと流れる。

kochi16ガイドさんが教えてくれた隠れ見所ポイント。排水路の中の石に「水」と刻印された石がある。排水路を作ってから文字を彫ることは難しいため、城の設計段階から排水路を造ることが計画されていたことを示す貴重な品という。写真赤丸の中に、左に90度傾いた「水」が読み取れる。

kochi17石段を上がると「杉の段」と呼ばれる曲輪へ出る。そこにある山内一豊公の妻の像。仲間由紀恵主演で大河ドラマにもなった司馬遼太郎「功名が辻」で知られる 見性院 (けんしょういん) だ。銅像横の説明板には、小谷城主 浅井長政の家臣 若宮友興の娘とある。嫁入り時の持参金で名馬を一豊に買い与え、それが元で信長の目に留まり出世するという逸話をベースにした銅像だ。しかし山内一豊公が城外で、妻が城内にあるというのも変な感じ。大河ドラマ放映記念かと思いきや、昭和40年製。原作の連載に伴い建てられたものか。

kochi18杉の段から天守を見る。まだ低く、高い樹木でよく見えない。右に見える高い石垣は三の丸。

kochi19三の丸石垣を下から見上げる。これは高い!高さ最大13mとのこと。野面積みの中でも屈指の高さ。

kochi20三の丸石垣 説明板。平成16年から5年かけて穴太衆の技術を引き継ぐ石工を呼んで修復工事を実施。修復前は孕み(はらみ。石垣が膨らむ) やヒビ割れが見られたという。

kochi21三の丸へと続く石段から天守を見上げる。何段もの積み上げられた石垣に圧倒される。

kochi22三の丸へ通じる枡形虎口、鉄門跡。この辺りの石垣は先ほど見た野面積みとは異なり、表面が切りそろえられた打込ハギによる堅牢な石垣だ。門扉には鉄板が何枚も打ち付けられた重要な防衛ポイントであったという。

kochi22a鉄門跡から少し上がると紅葉が散った真っ赤なじゅうたん状態の通路を発見。なぜかここだけやたら紅葉が集中していた。

kochi24紅葉集中ポイント(二の丸と三の丸の中間付近)から天守を見る。横からの姿。下層が大きい望楼型天守なのがよく分かる。

kochi25三の丸へ向かう。ここの石垣は隅石が加工されておらず、グスク風の丸い角になっていた。

kochi26三の丸。かつては三の丸御殿(大書院)が建ち、行事や儀式を行ってたという。今は建造物は何もない。いまは排水のための水路の遺構と、発掘調査により出土した長宗我部氏時代の大高山城と思われる石垣の一部を展示している。

kochi27三の丸 説明板。大書院は明治政府の藩庁として活用されていたが、明治6年の公園化に伴い撤去。残念。

kochi28三の丸から天守を見る。高い位置となり樹木が視界の邪魔にならず、雄大な天守の姿を拝むことが出来る。

kochi23三の丸から二の丸へ。この石段の上から振り返って天守を見るのが一番のビュースポットという。(ガイドさん談)

kochi30a高知城 一番のビュースポットと言われる、二の丸手前の石段から見た天守。確かにこれは素晴らしい迫力だ。天守石垣の下に細長い緑の線が見える部分は、いわゆる犬走り。

kochi30b少し角度を変えてもう1枚。二の丸石垣とのコラボレーションが素敵。下に見えるカラーコーンの置いてある低い階段の先には黒塗りの詰門(つめもん) があるが、訪問時は工事中で立入禁止だった。(公式WEBによると2013/12/19工事完了とのこと。残念!)

kochi31二の丸へ。藩主の暮らす二の丸御殿が建っていた。今は松の木と国旗掲揚台。たなびく日本国旗が素敵。

kochi32二の丸 説明板。二の丸御殿の他にも櫓がいくつか建ち、中でも三階建ての乾櫓が千鳥破風を持っていたことからさながら小天守のように見えたという。

kochi33またまたガイドさんビューポイント。二の丸から本丸を見る。石垣の上に乗る多聞櫓が、少しハミ出ているのが分かる。石垣の担当者と多聞櫓の担当者の連携ミス!? と思われる珍しい状態。250年以上ずれっぱなし。。。

いよいよ本丸へ。本丸へは、工事中だった詰門の二階部分、通称「橋廊下」を渡って行く。

>> 高知城 [後編] へ続く。<<

訪問時期:2013年12月

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