茨木城 : 今は住宅街となった城地に元城門が残る

茨木城は楠木正成が建武新政頃に建てたと言われるが詳細は不明。古文書によると15世紀頃には茨木氏が城とともに一帯を支配していたという。その後、信長の元で摂津国主となった荒木村重の家臣 中川清秀など、多くの城主変遷を経て片桐氏が城主の時に一国一城令により廃城。住宅街ど真ん中のため遺構はほとんどなく、近隣の神社仏閣に移築門が残るのみ。読み方は「いばらき」で「いばらぎ」では無い(茨木も茨城も同じく「き」)。

ibaraki_cover<基本データ>
●名称: 茨木城
●所在: 大阪府茨木市(マップ
●築城: 楠木正成?
●竣工: 建武年間?
●遺構: 移築門
●情報: -

2014大河ドラマ「軍師官兵衛」5/4放送の第18話にて、遂に信長を裏切り謀反を起こした摂津国主・荒木村重の家臣 中川清秀の居城として、茨木城が登場しました。
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<訪問記>

ibaraki01茨木城は現在の茨木小学校 北西あたりに本丸があったと伝えられるようだが、住宅街のため大規模な発掘調査が出来ず詳細は不明のようだ。その茨木小学校には茨木城に関するものがいくつかあるので訪問。正門は東側にあり、創立120周年記念で茨木城の移築櫓門(大和郡山市・慈光院)を模した正門が作られたそうだ。訪問時(平日昼過ぎ)は門が閉まっており、左側にある鉄門から人が出入りしていた。普段この城門は使われていないのだろうか?

ibaraki02門の右側には「茨木城櫓門について」という説明板が掲げられている。小学校のものらしく、歴史遺産の大切さについてから始まる。片桐氏の菩提寺である慈光院(大和郡山市)に移築された櫓門を原寸大復元したものとのこと。慈光院の櫓門は茅葺きに改変されてしまったが、復元は元の瓦葺きだ。城門の横にある小学校名プレートは織部焼という。

ibaraki05aこちらが織部焼で作ったという茨木小学校プレート。確かに小学校の校名プレートとしては風変わりな印象だ。

ibaraki06復元城門の瓦門は、片桐氏の家紋である「違い割り鷹の羽」だ。鷹の羽の半分(=割り)がクロス(=違い)になっている紋。なかなかかっこいいデザイン。家紋てイイネ。

ibaraki04城門の横に建つ旧地名石碑には、ここは旧 殿町、右は本丸、左は城ノ町、と、以前ここがお城の敷地内だったことを示す内容が記されている。ちなみに現在の名前は「片桐町」。最後の城主の名前を町につけるとは、茨木市は片桐且元推しか。

ibaraki05「茨木城址」石碑もある。

ibaraki06a学校敷地の北西角(運動場奥)には城跡を示す古い顕彰碑が建っていた。この角度では何と書いているのか全く分からない。正面から撮った写真によると「片桐氏茨木在城碑」と書いてあるようだ。しかし、人類の大切な歴史遺産を、学校敷地内という関係者しか自由に見られない場所に建てたままにしているのはどうかと思う。正門横に「郷土愛の醸成に寄与」とか書いてたのに。

ibaraki07shrine続いて茨木城の移築門を訪ねる。近隣の神社仏閣に2門 現存するという。まずは先ほどの小学校の南西にある茨木神社。こちらは大鳥居、明治35年建立。

ibaraki08茨木神社 拝殿。

ibaraki09aそしてこちらが茨木神社 東門。茨木城 搦手門の移築と言われている。屋根の下にある冠木の装飾が特徴的だ。瓦紋は片桐家紋ではなく、三つ巴。これは神社境内側から見た図なので、こちらが内側、つまり形状は棟門かと思いきや…

ibaraki10外側から見ると、何とこちらに高麗門特有の控え柱と小さな切妻屋根が。外側が裏側か。しかも、鏡柱に並んで控柱(切妻屋根)がなく、もう1つ外側の柱に垂直に設置されている。移築の際にこのように改変されたのか、元々茨木城でもこの形だったのかは不明だが、変わった城門だ。

ibaraki11再び内側から別角度で城門を見る。外側の柱の手前には、四脚門的な控柱が建つ。高麗門と四脚門を合体させたような門か。

ibaraki12搦手門の内側に説明看板が建っていた。恐らく城ファン以外の人には「搦手門」は読めない恐れがあるのでフリガナを振ってほしい。

ibaraki13茨木神社の石垣は、かつての茨木城の石垣を解体して積み直したもの、という話もあるそうだ。神社は周囲よりも一段低くなっていて、その周りの土塁を石垣が支えている。

ibaraki14teraもう1門の移築門と言われる、妙徳寺の表門へ。小学校の北東にある。こちらは茨木城の脇門とのことで、こじんまりだが重厚な雰囲気を醸し出す高麗門だ。瓦紋は三つ巴。棟の部分の意匠は先ほどの搦手門と同じだ。

ibaraki15なぜ裏側から先に掲載したかというと、表に大きなバンが停まっていたから。妙徳寺の看板は車の向こう側にあるので、この写真を見ると保育園の入口が高麗門のように見えてしまう。冠木に装飾が施してあるのも、先ほどの搦手門と同じだ。木が綺麗なので最近作り直しをしたのかもしれない。

茨木市文化財資料館の2Fには、茨木城にまつわるパネル展示や史料などが多く展示されているようだ。しかも入場無料とのこと。近々、茨木を再訪したい。

訪問時期:2013年11月
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