龍野城 : 江戸中期築城の陣屋風城郭、復元御殿と情緒ある城下町。

龍野城 (たつのじょう) は、江戸時代 寛文期 (1673年)に龍野藩主となった脇坂安政が、かつての山城を廃し山麓に主部を移して構築した近世山城。江戸中期の築城のため、天守などは持たず、御殿を中止とした陣屋に近い形式だったという。背後の山上にはかつて播磨守護 赤松氏の一族が築いた中世山城 (龍野古城) 跡が残る。龍野城の遺構は石垣のみで、埋門や櫓・土塀・屋敷などが復元されている。その他、城下町に武家屋敷や移築門が残る。

<基本データ>
●名称: 龍野城 (Wikipedia)
●所在: 兵庫県たつの市(マップ
●築城: 脇坂安政
●竣工: 1672年(寛文12年)
●遺構: 石垣、移築門、武家屋敷
●情報: たつの市HP歴史文化資料館


<訪問記>

tatuno01-s龍野城址 石碑から復元埋門を眺める。城下町内は白漆喰の土塀が復元されていたり、武家屋敷が並んでいたりと、往時の雰囲気が楽しめる。しかし当時の古絵図を見ると、埋門からまっすぐ伸びるこの道は無く、埋門からすぐ西に道が伸びていたようだ。

tatuno02-s復元された埋門と櫓。龍野城址としてはここが正門?になっているようだ。城址自体の入城は無料。

tatuno03-s埋門を内側から眺める。この立派な打込ハギの石垣は当時積み上げたままのものなのだろうか?石垣がどこまで残っていたのかは資料を探したけど見つからず。

tatuno04-s龍野城跡内に復元された、本丸屋敷。軒唐破風の屋根が非常に美しい。盆栽のような美しく整えられた松の木も素晴らしい。

tatuno05-s本丸屋敷を反対側から。本丸御殿内にも入れるのだが、裏の鶏籠山にある古城跡へ早く登りたいため今回はスルー。次回訪問時はぜひ内部にも入りたい。立派な和室や日本庭園があるとのこと。

tatuno06-s城跡内に建つ龍野城 説明板。鶏籠山に建てられた古城から説明がされている。山麓の龍野城は、城郭というより武装化した邸宅という感じだったとのこと。

tatuno07-s本丸御殿横の搦手にあたる小さな高麗門。こちらも再建だが、脇坂氏の家紋である輪違(わちがい)が瓦1つ1つに刻まれている。城下町絵図によると、この場所は「しころ坂門」となっている。

tatuno08-s高麗門を出て土塀に囲まれた細い道を下る。

tatuno09-s石垣の隅には立派な二層隅櫓が建つ。龍野城というとこの隅櫓が示されていることが多い。鯱、唐破風、石落とし、白亜の白漆喰壁。しかし古絵図を見るとこの位置に櫓は無かったようだ。いわゆる模擬櫓。しかし美しい。

tatuno10-s二層隅櫓を引きで。長く伸びる白い土塀が美しい。実はこの白壁の内部は小学校のプール。

tatuno11-s付近に建つ龍野城下町絵図。城址内にあった説明板よりかなり細かく色々書いてあるのだが、城址によくある鉄板にエッチングで描かれていて例によって黒インクが禿げており、読み辛い。絵図は北が右になるように描かれているので、右に90度頭を傾けて見よう。

tatuno12-s白壁の奥の小学校プールの入口は脇戸付きの城門風になっていた。すごい。そして脇に掲げられた看板は「龍野小学校 水練場」! すばらしい。

tatuno13-s水練場 城門の向かいには、元家老屋敷の門・通称「家老門」が建つ。かすれて読めない石碑が建つだけで説明等もなくスルーしてしまいがちだが、たつの市HPでも紹介されているれっきとした市指定史跡。瓦の紋もしっかり「輪違」。

tatuno14-s埋門に戻り、歴史文化資料館のある東へ進む。立派な石垣が目に入る。

tatuno15-s歴史文化資料館の向かいにある復元 多聞櫓。

tatuno16-s資料館の向かいにあった、輪違紋入庭石。輪違紋(わちがいもん)は脇坂氏の家紋。説明板によると、脇坂家の江戸上屋敷跡(汐留)から出土した庭石とのこと。その後、上屋敷跡は旧新橋駅舎となったらしい。

tatuno17-s龍野城下町の様子。武家屋敷風の意匠となっている。実際に武家屋敷もいくつか現存するようだ。

tatuno18-sの内の1つ、武家屋敷資料館を拝見。こちらは玄関の間。特に展示等がされているわけではなく、当時の武家が住んでいた姿そのままを展示しているとのこと。入場無料。

tatuno19-sこちらは座敷。奥が仏間で、右側の部屋は控えの間。

tatuno20-s武家屋敷資料館 説明板。古絵図によると芝辻平左衛門という武家屋敷だったという。鬼瓦の銘から天保年間に二人扶持 程度の武家が生活した住宅とのこと。

tatuno21innen-s龍野城の移築門は、たつの文化活動促進運営委員会HPによると、東門が浄栄寺、大手門が因念寺に現存しているようだ。今回は因念寺を訪ねる。こちらが因念寺。左奥の巨大な切妻破風に花頭窓のついた二層櫓が気になるも、詳細不明。

tatuno22-sこちらが因念寺 山門。輪違の瓦紋に、かなり太い冠木・鏡柱。立派な大手門だ。城下町絵図によると、当時の大手門は龍野小学校の南あたりにあったようだ。

tatuno23-s大手門を裏側から。薬医門は表から見たほうが立派だ。

tatuno24-s因念寺の山門(旧龍野城 大手門)の説明板は、少しわかりにくいところに建っていた。因念寺前の駐車場の入口付近を探そう。

訪問時期:2013年11月

撮影機器:SONY NEX-C3
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