長浜城 [後編]

長浜城 [前編] の続きです。

  • 前編・・・模擬天守および豊公園内の遺構
  • 後編・・・長浜市内の移築門、石碑 等


<訪問記>

nagahama25長浜駅から天守と反対側へ出ると、長浜の城下町エリアへ。縦横に整然と街道が並ぶ古い町並みとなっており、お店や食事処だけでなく博物館や神社仏閣なども色々とあるようだ。

nagahama26アーケード商店街「大手門通り」内の公園で、天守の前で見かけた長浜領石柱の1つを発見。

nagahama27横にあった説明板。どうやらこの石柱は復興のようだ。現存するのは14本と天守前には書いてあったが、こっちの説明板によると「本来の位置に建つ」石柱はわずか5本とのこと。復興だが、ちゃんと旧字の「從」を使っているのは◯。

nagahama28城下町内で見つけたレストランの入口に、豊臣秀吉公 茶亭門 の石柱が建っていた。立派な薬医門だ。

nagahama29茶亭門 説明板。江戸時代から代々続く釣鐘 鋳造工匠 西川家の茶亭門だったようだが、明治時代の鑑定で秀吉時代の茶亭門と判明した、とのこと。どこかの建材に当時を表す年代などが記載されていた等の具体的な鑑定理由は不明。

nagahama30続いて近くにある「知善院」へ。この表門は、長浜城 搦手門 を移築したものと言われている。余り大きくはないが柱は太く、阿吽一対の鯱も付いている。

nagahama31知善院 説明板。この知善院 自体も小谷城下町を長浜に移した時にいっしょに移してきたようだ。表門以外にも知善院にはいろいろ文化財があるようだが、本堂の扉が閉まっていて中には入れなかった。(説明板には書いていないが大坂城落城時に持ちだしたという秀吉公の木造もあるという-滋賀県観光協会HPより)

nagahama32知善院 境内に設置されていた もう1つの説明板。秀吉公の木造についてはこちらに記載があった。

nagahama33知善院の少し奥には大通寺という大きなお寺がある。ここは、伏見城や長浜城から移築した遺構が多く残るとのこと。拝観料500円。(境内までは無料)

nagahama35まずは大通寺 台所門 という脇門。ここが正門かと思うぐらい太い立派な柱が目立つ薬医門。旧 長浜城の大手門という。ちなみに大通寺正門は表参道側にある山門で、総ケヤキ造の巨大な二層門。(訪問時は工事中だった)

nagahama36裏側から。薬医門は裏から見ると柱が細くて頼りない感じ。やはり表から見よう。

nagahama37大通寺 台所門 説明板。大通寺は元々 長浜城内に建てられ、城の大手門を門としていたため、寺の移転の際に大手門ごと移されたようだ。門柱正面の黒い丸い金具(釘隠し)は「まんじゅう金具」というらしい。

nagahama38長浜城の遺構は先ほどの台所門(大手門)だけだが、大通寺には他に伏見城の遺構もあるので、いくつか見ていこう。こちらは大通寺 広間附玄関。江戸中期に彦根藩主井伊直惟の息女数姫によって建てられたとのこと。軒唐破風の屋根と、その下に見える極彩色の懸魚が目立つ。冠木にも装飾が施されている。

nagahama39大通寺 本堂。元 伏見城の殿舎という。手前の蛍光灯の奥に見える極彩色の木彫欄間は伏見城当時のものとのこと。

nagahama40大通寺 本堂 説明板。大通寺建物内には部屋ごと、文化財ごとにこのような説明板が設置してあり、非常に分かりやすい。

nagahama41大通寺 広間。伏見城の謁見の間を移築したものという。なんという風格、迫力。苦しゅうない、面を上げい。

nagahama42大通寺 広間 説明板。中央の巨大な獅子の絵で中央が空いているのはそういう意味だったのか。

nagahama43大通寺を出て、ふたたび城下町の散策へ。町南の米川沿いに、長浜城 外堀跡の石碑発見。石碑の横にある説明板は、天守閣跡にあった説明板と同じ「長浜城の構造」。場所は地ビールレストランが楽しめる「長浜浪漫ビール」の正面。なんと訪問時は10月でオクトーバフェストということで地ビール1杯180円だった。やすっ。

nagahama45米川。自然の外堀に活用するにはもってこいの川だ。

nagahama46地ビールレストランから長浜城跡の方へ進むと、慶雲館という日本庭園付きの迎賓館がある。明治20年、明治天皇陛下が京への行幸の帰りに長浜で船から鉄道へ乗換える際の休憩場所として建設されたという。入館料200円。

nagahama47庭園内に入ると早速 長浜領の石柱発見。当時の石柱のようだが、元々ここにあったものか移設展示しているのかは不明。

nagahama48慶雲館を庭園から見上げる。

nagahama49館の2階には玉座の間と名付けられた、陛下夫妻が行幸当日に御休憩された部屋が残る。当時は日本庭園はなく窓の外はいきなり琵琶湖ですごい眺望だったとか。

nagahama50こちらが玉座の間。シンプルな中にも厳かさを感じる。天井に備え付けられた梅ランプがアクセント。

nagahama52館内に設置してあった「明治天皇と長浜行幸」パネル。長浜で船から汽車へ乗り換える際の御休憩所として、港から館までの仮設廊下も設置されたようだ。陛下の滞在時間は「1時間ほど」。そのために数ヶ月前から計画しこの館を造り上げたのだからすごい。

nagahama51慶雲館2Fから見た日本庭園。すっかり埋め立てられて琵琶湖は遠く彼方。でも今の眺望も素晴らしい。

nagahama_a01慶雲館を出て再び長浜駅前へ。駅前(長浜城と反対側)には秀吉公と石田三成の出会いの像がある。三成が秀吉に気に入られた有名なエピソードである献茶のシーンだ。

nagahama_a02像の傍らにある説明板。エピソードの舞台は長浜かと思いきや、お隣の米原市の観音寺とのこと。これはどうかと思ったが、場所を調べてみると米原市と長浜市のほぼ境目で、しかも米原駅よりも長浜駅からのほうが近いという状況なので、まあいいや。

nagahama_a03おまけ:「うだつが上がらないやつめ」などと人を馬鹿にするときに出てくる「うだつ」。その実物が見れるというパネルを城下町で見つけた。写真右側がその「うだつ」。火事の際に隣家から火が移らないよう屋根と屋根の間に設けられる防火壁のようなものだとか。これは道に面してうだつがあるが、本来は隣り合う家と家の間に造るものだが、金持ちの象徴のような扱いになったため道に面しても造られているのだろうか。

訪問時期:2013年10月

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