福井城 : 家康次男 結城秀康 68万石、四重の大天守を誇った巨大平城跡。

福井城は徳川家康の次男・結城秀康により柴田勝家の居城であった北ノ庄城(賤ヶ岳の戦いで敗れた後に焼失)の跡地に築城した。天守は火災により焼失。現在は内堀・石垣・天守台などが遺構として現存し、本丸跡には福井県庁・県警本部などがあり、天守台付近のみ公園として整備されている。

<基本データ>
●名称: 福井城 (Wikipedia)
●所在: 福井県福井市 (マップ)
●築城: 1603年 (慶長8年)
●城主: 結城秀康
●遺構: 石垣、天守台、内堀、御廊下橋(復元)、舎人門(復元)、藩主別邸


<訪問記>

fukui01-s2JR福井駅から北に歩くと橋の向こうに立派な石垣が見えてくる。これが福井城址。現在、城内は県庁・県警本部・県議会が建っているが天守台見学目的での入構は問題なし(警備員の方が丁寧に案内して下さった)。

fukui02-s橋上から見る内堀と石垣。駅から歩いて5分の立地でこれだけの遺構が残っているのは素晴らしい。

fukui-add01橋を渡って石垣を間近で見る。石垣の高さ、四角さと、そして表面に施された文様(「はつり」と呼ばれる技法)。さすがは結城68万石。すばらしい。

fukui-add02橋を渡り石垣の間から内側へ。かつて櫓門が載っていたであろう櫓台と、石垣の上にあがるための雁木(石段)。そして、大量の雪対策の「雪吊(ゆきづり)」。金沢城のある兼六園で有名。

fukui-add03橋を渡って入構するとすぐに築城した結城秀康公の石像がお出迎え。結城秀康公 福井入国400年を記念して造られたとのことだが… 正直、変な表情かつずんぐりむっくりで格好良いとはちょっと言えない。播磨 三木城 の別所長治公像(写真)、近江 坂本城 跡の明智光秀公像(写真)と同じにおいがする。

fukui06-s県警本部の裏側に天守台遺構がある。これはその入り口。

fukui04-s天守台横にある説明板。6年かけて築城された福井城は、4層5階の天守を誇っていたが、1669年の大火で焼失、再建はされなかった。

fukui05-s同じく案内図。非常に分かりやすい。見逃しが無いよう、各城址にもこういう案内板を設置して頂きたいもの。

fukui-add04天守台の上へ。天守台といっても、本当に大天守が載っていた「天守の台」部分は奥の石垣。天守および控天守、そして井戸などがあった一段高い部分を福井城では総称して「天守台」と呼んでいる。

fukui-add05天守台上にある石碑「天守閣跡と福の井」。天守台だけでなく「福井」の地名の由来とも言われる古井戸「福の井」の遺構もある。

fukui08-s向かって左の、美しい切り込みハギの石垣が天守台跡。右側には写っていないが控天守台跡(小天守?)がある。

fukui11-s天守台跡。石垣の石が直方体すぎて驚かされる。

fukui12-s天守台入り口を別角度から。石の表面を削って模様をつけているのが分かる。はつり、という高度で繊細な技術。

fukui-add06天守台上から、もう1つの控天守台を見下ろす。豪快に崩れている。

fukui09-s控天守台跡。向かって右側の石垣が大きく歪んでいる。昭和23年の福井地震の影響によるものとのこと。

fukui10-s控天守台跡 説明板。説明板も歴史があって良い雰囲気を醸し出している。

fukui13-s「福井」の地名の由来となったと伝えられている「福の井」。前述の石碑によると、築城以前よりこの井戸は存在し名水で有名だったとか。

fukui-add07では天守台から降りて御廊下橋の方へ向かってみよう。右側は天守台石垣。左側は現在の建物。このミスマッチ感。正面奥に屋根だけ見えているのが御廊下橋。

fukui14-s天守台跡の西南側から天守台の石垣を見返す。手前はキレイな切り込みハギだが、奥の石垣は石の大きさもまばらで雰囲気が大きく異なる事がわかる。そして奥の方の石垣が大きく膨らんでいることが分かる。中に水が溜まって膨らむと、崩れる前兆。危ない!

fukui-add08御廊下橋横の復元土塀の銃眼(鉄砲狭間)より中を覗く定番ショット。堀に降りる石段が見える。お堀めぐりは運行しているのだろうか。

fukui-add10天守台の南西には内堀を渡る橋の上に御廊下橋が復元されている。和歌山城大分府内城など、御廊下橋が復元されているケースは多い。

fukui17-s御廊下橋の内部。

fukui-add09御廊下橋から見る内堀と石垣。犬走りがある。そして石垣の手前のほうが少し歪んでいるようにも見受けられる。

fukui16-s2御廊下橋の説明板。当時の藩主が本丸(政庁)と西三の丸(居住地)とを往復するための専用の通路として建造され、明治初期に撮影された写真(説明板左上)を元に復元されたとのこと。明治初期の写真には御廊下橋だけでなく石垣の上の土塀もしっかり写っている。

fukui-add11では城内を出て、周囲に残るいくつかの見学スポットを見て回ろう。まずは福井城 北西に位置する「福井神社」。幕末の藩主を祀った神社だが、何と創建は昭和18年、そして2年後には米軍の無差別爆撃で焼失してしまう。今の本殿や鳥居等は戦後の再建。この独創的な二の鳥居。福井大学の設計という。

fukui-add14福井城址の北側にある郷土歴史博物館には復元された「舎人門(とねりもん)」と外堀の一部がある。博物館の建設に先立ち発掘調査をしたところ外堀や門の遺構が出てきたので一部復元したとのこと。博物館の館外展示物という位置づけだが、舎人門自体は無料で見学可能。

fukui19-s舎人門。発掘調査で出土した当時の石垣石を用いて石垣を復元し、舎人門の瓦も出土品を参考に当時の越前赤瓦を復元したとのこと。素晴らしいが、博物館の裏側という見逃しやすい立地。

fukui21-s内堀の周りを一周してみよう。北東方面より。

fukui-add15東より。櫓台。

fukui-add17南東方面より。水面に映る石垣が美しい!逆さ石垣。

fukui-add18南東方面よりその2。巨大な石垣と水堀が残る福井城跡、結構距離あるけど、ぜひ一周して見て頂きたい。

fukui-yokokan1-sさて、福井城跡の北東には、福井藩主の別邸だった「養浩館」(旧称:御泉水屋敷)がある。当時の館は戦時の空襲で焼失したため、平成に入ってから江戸時代の古文書を元に復元されたとのこと。入場料210円だが、訪問時は園内工事中(池の水入れ替え工事)のため入場無料だった。

fukui-add12養浩館は池を中心とした日本庭園と御屋敷から成る。御屋敷内にも入ることが出来る。

fukui-yokokan2-s屋敷の周りをぐるり。では中にも入らせて頂こう。

fukui-yokokan3-s御屋敷内の「御座之間」。

fukui-add13御湯殿。いわゆるお風呂。当時のお風呂は、風呂おけに浸かるのではなく、排水設備(部屋全体が中央に向かって凹んでいることが分かる)を備えた部屋に座って桶に入れたお湯をかぶるスタイル。

fukui-yokokan4-s水の入れ替え工事中の養浩館庭園。ある意味レア。本来はこういう姿らしい。

fukui-add20おまけ:福井と言えば、福井城ではなく、恐竜。駅のホームには恐竜の化石を誇らしげに抱える恐竜博士の姿が。ドヤ顔の恐竜(骨だけど)。

訪問時期:2013年2月
撮影機器:SONY NEX-C3
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